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豆まき日和


「おや、どうしたのですか阿耨達(あのくだつ)
 清浄比丘(しょうじょうびく)慧喜(えき)が日本の将棋のような遊びに興じているところに阿耨達が入ってきた。
 阿耨達の背は八大童子の中でも極めて小さく、彼らが椅子に座ってやっと目線が合う程度だった。そんな阿耨達が青く澄んだ目で自分の手元を見つめていた。重そうな(ます)を両手で抱えている。
「豆…」
 慧喜が枡の中を覗き込みながら呟く。確かに慧喜が言ったとおり、枡いっぱいに豆が入っていた。
「大豆ですね。これ、どうしたんですか?」
 清浄比丘が焦茶色の目を阿耨達に向けた。将棋もどきを押しやって枡を机に置いてから面倒そうに阿耨達が答えた。
愛染明王(あいぜんみょうおう)(みや)の方に行ったら……貰った」
「途中省略しましたよね?」
「………」
 阿耨達は口を固く閉ざしている。それを()と受け取って清浄(しょうじょう)が深くため息をついた。
「まぁ別にいいですが。盗んだのでないのなら」
「盗むわけがないだろう」
 それだけははっきりと主張する。少年にしか見えないが物言いだけはまるで大人だ。鬼神(きしん)に年齢という概念はないが。
「そうですか?それならば構いません。もし、盗んだのでしたら…」
 清浄が阿耨達に微笑みかける。盗んでいなくても後退したくなる笑みだ。
「明王様に怒られていただこうと思ったのですが」
 不動明王(ふどうみょうおう)は普段温厚だが、怒ると物凄く恐い。彼の司る憤怒(ふんぬ)という言葉に似合うほどに。
 阿耨達の顔が青ざめていく。それに相対するように清浄の焦茶色の瞳が青みを増していくのは気のせいだろうか。
「この豆、どうするんだ?」
 動こうとしない二人に慧喜が声をかけた。やっと清浄がこちらを向く。
「そうですね…煮ま…」
「豆があるなら豆まき!!」
 バタンと大きな音をたてて扉が開いた。慧光(えこう)が飛び込んでくる。
「今日は人間界で言えば立春(りっしゅん)(りっしゅん)の前日、節分(せつぶん)!!日本では節分と言えば豆まきって決まってるんだよ!!」
 豆を指差しながら慧光がまくし立てた。
「どうでもいいがなんでそんなにノリがいいんだ」
「地獄耳ですか?」
「…うざ」
 それぞれが好き勝手に思ったことを口にした。しかしそんなことでは(へこ)まず慧光が笑顔で慧喜に絡む。慧喜の眉間にしわが増えた。
「ひどいな。指徳には負けるよ?」
「………」
「今の貴方なら指徳にも勝てますよ」
 サラッと清浄が言い放つ。その隣で指徳と組まされている阿耨達も大いにうなずく。慧喜は肩に置かれた慧光の手を払い落とし、豆の枡に押しのけられた将棋もどきの(こま)を進めた。
「チェック」
「残念ですがチェックメイトです」
 清浄が馬の形をした駒で慧喜の王の駒を弾いた。決着がついたのだ。
「負けた…」
「これで1492戦1492勝です」
「こっちを無視するなよ」
 慧光が苦情を言う。清浄が微笑で冷たい目線を浴びせる。今や彼の瞳は完全に青くなっていた。
「慧光、やってもいいですが食べ物を粗末にしてはいけません。後で拾って食べてくださいね」
「もちろん」
「明王様の宮なのですから明王様に許可を取ってきてください」
「その必要はない」
 答えたのは慧光ではなかった。全員が一斉に扉の方を向いて渋い顔をする。彼らの心の中を表せば、来ちゃったー…というところだろう。
 この宮の主、不動明王その人がズカズカと部屋に入ってきて彼らのすぐ側に立った。
「存分にやりなさい」
「……明王様も参加するをおつもりで…?」
「もちろんだとも、慧喜。そんな面白そうなことを私抜きでやるというのはつれないじゃないか」
 面白いこと好きのただの男にしか見えないが、これでも神通力(じんつうりき)は八大童子を遥かに凌ぎ、仏の道を理解しない不届き者に降魔(ごうま)の剣で制裁を与える不動明王なのだ。機嫌の良い時の彼を知って、例えそうは見えなくても。
「慧光」
「う、あ、はい」
 突然名指しされて慧光が戸惑っている。
「他の童子も呼んで来い。制多迦(せいたか)はどうせ嫌がるのだろうから引っ張ってでも」
 不動明王の言葉に慧光は即座に従い、衣の裾を翻して出て行った。






 文字どおり慧光が制多迦を引きずってきた。
「なんでそんなことしなきゃいけないんだ」
 部屋についてからと悪態をついている。明王に面と向かって。
「制多迦、こういうことは大勢でやってこそ意味があるんだ。お前一人のけ者にしたりしないさ」
 明王が制多迦を見上げながら楽しそうに言った。制多迦が舌打ちをする。
「のけ者にしてくれた方が…」
「駄目よセイ。行事というのは皆でやるものよ」
 引きずりるぐらい長い桃色の衣を翻して矜羯羅(こんがら)が入ってきた。後ろから烏倶婆哦(うくばが)もついてきている。
「皆というならお前の式達はどうしたんだ」
 制多迦が辺りを見回す。そんな彼を見て矜羯羅は朗らかに笑った。
「宮に全員を入れるわけにはいかないでしょう?だから、ほら椿(つばき)だけ」
 口の広い袖からスルスルと蛇のような物が出てきた。しかしその身は白い体毛で覆われ、よく見ると小さな目がついている。矜羯羅の式、管狐(くだぎつね)の椿だ。
 椿は袖から抜け出すと矜羯羅の腕をつたって首まで行くと、襟巻きのように巻き付いた。
 椿がいるから、動物嫌いの烏倶婆哦は大人しく数歩離れて彼女の後をついてきているらしい。
「そうか…」
「ところで肝心の鬼役ですが、やはり制多迦に…」
「俺!?」
 清浄の思わぬ一言に制多迦の声が裏返る。
「一番それらしい背格好ですし、その顔なら鬼に適任ですよ」
「デカイ上に悪人顔で悪かったな」
 言葉の裏を正確に読み取って制多迦が吐き捨てた。
「清浄、セイが可哀想でしょう?」
 優しげな声で矜羯羅がたしなめる。心の底から善人な矜羯羅に清浄は勝てないので、彼は次の言葉を待った。
「だから…烏倶婆哦も鬼役にしましょう」
「え!?」
 指名されると思っていなかった烏倶婆哦がすっとんきょうな声を出す。
「それはいいかもしれませんね」
 面白いと、非常にいい考えだと言わんばかりに清浄が微笑んだ。明王と矜羯羅を除いた全員が一歩後退する。
「鬼役は俺じゃない方が…」
 清浄に決定される前にと烏倶婆哦が辞退しようとした。矜羯羅と目線がぶつかる。
「烏倶婆哦、やってもらえない?」
 強制など決してしない優しげな声色に烏倶婆哦の動きが停止した。
「……わかった」
 その一言を聞いて烏倶婆哦が嬉しそうに微笑んで烏倶婆哦の手を取った。
「ありがとう。烏倶婆哦、大好きよ」
 烏倶婆哦の顔が林檎(りんご)のように真っ赤に染まった。矜羯羅はそんな彼の様子を気にも止めていない。ここまで来るとわざとじゃないかとさえ思えてくるのに、わざとじゃないのが矜羯羅の矜羯羅たる由縁だ。






 そして始まった豆まき。
「鬼はぁ外ぉ。福はぁ内ぃ」

 意外と真面目に豆まきをしているのが阿耨達。

 その隣で無言で豆をまいているのが慧喜。

 とりあえず鬼に全力で当てればいいと思っている指徳(しとく)

 その指徳の豆を必死で避けている制多迦。

 投げると見せかけてたまに食べている慧光。

 烏倶婆哦だけを狙う清浄。

 豆を必死で避けるも、すべて命中している烏倶婆哦。






 その頃、矜羯羅と不動明王は…。
「平和ですね」
「あぁ」
 茶を飲みながら、豆を食べていた。












 童子達の豆まきはいかがだったでしょうか。明王様も途中から登場してますけどね。
 本当はもっと長い予定でした。豆まき場面を細かく書く予定だったのですが、やるまでが長くなりすぎて…。指徳が鬼をやったらっていうのと慧光がノリノリで鬼をやったらというが書けずに終わりましたね。
 ちなみに将棋もどき、明らかにチェスですがご了承ください。王手と言うところをチェックとチェックメイトにしたらこんなことに…。







2008年3月4日

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