犀雅国陸軍軍事記録
朝比奈大佐の軍部日記Part2 中央から西の斉刻へ向かう列車の中。朝比奈大佐は供も付けず(誰もついてこなかった)、たった一人で列車の旅を満喫していた。もちろん愛車で行くことも考えたが、一人で何時間も運転するのはかなり疲労が溜まるということもあって、のんびりできる列車の旅を選んだのだ。因みに愛車は後から地方の支給される弾薬や防弾チョッキなどと一緒に送られてくることになっている。 度の入っていない眼鏡で車窓からののどかな景色を眺めている大佐の隣の席には、大佐が持ちこんだ荷物と……日記が。 ×月○日 総司令部から斉刻司令部に異動の日。 長年着慣れた対服を脱ぎ、新調したスーツに袖を通して最低限の物だけ詰めた鞄を片手に駅へ行くと、人々は斉刻司令部に異動になった私を泣いて見送ってくれた(「鬼とはおさらばだ!!」という声がした気もするが)。その中でもちろん三人泣いていない者もいた。私が指揮していた第三舞台の隊員上田上等兵、副官柳中尉、白衣の悪魔三浦軍医だ。 列車が発車する直前になって私のところに白衣の悪魔が駆け寄ってきた。手には20センチ四方の箱を持っている。 「これを」 白衣の悪魔は箱を私に押し付けてきた。 「なんですか?これ」 「選別ですよ。でも今、開けないでくださいね。向こうの司令部についてからゆっくり見てください」 不吉な予感がして軍医に箱を返そうとしたが、満面の笑みを浮かべられてとても返せなかった。というか返すと殺されそうな気がした。 そんなわけで荷物の横にはその箱が無造作に置かれている。 斉刻の駅に降り立つと首都とは違う穏やかな気持ちの良い風が吹いていた。辺りを見回しても、迎えらしき人は一人も見えず、仕方なく歩いて司令部へと向かう。 その途中で前を行く人が昔の知り合いなのに気づき、大佐は声をかけた。 「お久しぶりです」 「おお!!大きくなっちまったから誰だかわからなかったよ」 18歳で斉刻を離れているが、その時から大佐の身長は変わっていない。 「軍クビになって出戻りかい、総一君」 「クビになってませんし、総一ではなく総一郎ですよ…」 「おや、そうだったのか。軍部でそんなに長くもつとは思ってなかったよ、総一君」 「総一郎です!!」 知り合いの男性と別れてさらに進むと、道場の近所に住んでいたおばちゃんに出会った。向こうも大佐に気づいたようで笑顔を浮かべた。道場によく差し入れをしていた人だから大佐のこともよく覚えているのだろう。 「剣道場の……総二郎君!」 「さすがに作意を感じるのですが…」 その人とも別れてさらに進むと、キョロキョロと辺りを見回している妙な二人組に出会った。軍服を着ているから軍の人間だろうか。 やがて二人組のうち、帽子を目深にかぶった、大佐よりも背の低い方がこちらに目を留めた。道から外れて草むらの中を探していた背の高い方も大佐に気づく。 「背の小さい伊達眼鏡……朝比奈総一郎陸軍大佐ですよね」 「名前は合ってる…が……背の小さい伊達眼鏡…」 「大総統閣下からの招待状にそう書いてあったんですが、どうかしましたか?」 やつか……!!やっぱりやつなのか…!! 「ところでお前らは…」 「申し遅れました!斉刻地方軍事司令部、少尉の佐伯です!朝比奈大佐を迎えに行くようにと言われてまいりました。後ろのでかいのは市ノ瀬政典軍曹です!」 「静香お嬢様…自分の名前も言いましょうよ…」 「お嬢様って呼ぶなって言ってんだろうが!!政典!!」 そう叫ぶと同時にかぶっていた帽子を軍曹に向かって投げつけた。帽子の中でまとめていたシルバーブロンドの長い髪が優雅に広がる。…女だったのか…。 帽子を見事にキャッチしてホコリを叩いてから軍曹はそれを少尉に差し出した。 「分かりました。ですから帽子を投げないでください、少尉殿」 少尉は大人しく帽子を受け取ると、髪をまとめて帽子をかぶった。長い髪が隠れると、性別が分からなくなってしまう。 少尉が大佐の方を向いた。軍曹は相変わらず2、3歩後ろに立っている。 「市ノ瀬、大佐の荷物をお持ちしろ」 軍曹は無言で大佐の荷物を担ぎ上げる。 「そちらの箱も…」 「あー!!こっちはいいですから!!」 手に持っていた箱を軍曹から引き離すように背中に回した。 「その箱はなんですか?」 少尉が怪訝な顔で大佐に聞く。背中に回した箱は、白衣の悪魔からの餞別だ。 「白衣の悪魔からの贈り物…です、が……」 「悪魔!?そんな非現実的な…。爆発物じゃないですよね?」 白衣の悪魔を知らないとは…なんて平和なんだろうか。見た目は女神で中身は完全なマッドサイエンティストな軍医のことを知ったらどんな反応をするのだろうか。 「爆発物じゃない、とは言い切れませんね…」 なにせ送り主は白衣の悪魔。なにが入っていても驚けない。 大佐は地面に箱を置いた。少尉と軍曹も固唾を呑んで見守っている。箱のふたに手を当て、何か音がしたらすぐに閉める心づもりで、慎重に開けた。開けてすぐに離れるが、爆発音などはしない。恐る恐る中を覗いてみた。中に入っていたのは予想に反して爆発物やそれ以上に恐ろしい実験の結晶たちではなく、大量の写真だった。 「これは入隊してすぐの頃の…」 入隊後、同期の人が持っていたカメラで写真を撮りまくったことがあった。この写真はそれのようだ。昔の大佐と当時仲良くしていた仲間が写っている。 「軍医にしてはずいぶん粋な…」 「これ大佐ですか?」 横から見ていた少尉が一枚の写真を手に取った。大佐が剣を持って練習試合をしているときのものだ。いつものボケた様子がなく、よく撮れている。 「そうですね。斉刻の孤狼と呼ばれた時代の」 入っている写真を次々取り出して眺めていった。訓練風景、外に出て遊んだときのものなど22歳の大佐がそこにいた。 今まで黙っていた軍曹が最後の一枚を取り上げてつぶやいた。 「これは…大佐ですか?」 軍曹が見ていた写真は忘年会のときのものだった。笑顔というより散々笑った後という感じの仲間と苦々しげな顔でカメラを睨んでいる大佐だ。ゲームで負けた大佐がさせられている。それがなんとも似合っていて周りにからかわれた覚えがある。 「…!!そんなものどうして!」 「大佐、手紙が入ってますよ」 少尉が手紙を読み上げた。 「朝比奈大佐へ。もし写真を見てその時の記憶を消したくなったら、ぜひこの薬を飲んでくださいね。三浦仁美より」 箱の一番下には小瓶が確かに入っていた。軍医のでなかったならば本当に飲んでしまいたい。きっとそれを狙っているのだろうが。 「天使に見えても結局悪魔は悪魔なんですね」 軍曹のつぶやきだけが微かに大佐の耳に届く。 斉刻司令部への道は遠かった。 はじめに書いてしばらくしてから清書しているので直しが大量です。はじめに書いたのは2007年の5月頃だったように思うのですが、載せたくても載せられない事情がありまして…。これは番外編なわけですよ。少尉と軍曹ですよ。新キャラなのですよ。本編が完全に止まってるのに新キャラを番外編で出すのは俺の意に反するわけで…。少尉の驚き(女だったという事実)はやっぱり本編で驚いてほしいのです。 そんなわけで約一年間放置。一年も経つと、ラストの方の自分の明らかな息切れが気になるので直しが増えるんですよね。まぁ仕方がない。 それにしてもこの軍曹がすごくまともに見える…。本編はお嬢様至上主義なのに…。 少尉はどう書いても、少尉なんですけどね。 |