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 唇に柔らかいものが当たった。落ちてくるまぶたを必死に上げて、前にある物を見る。
 にっこりと笑った昔からの腐れ縁の顔があった。なぜかすごく満足そうな顔をしている。
「お目覚めですか?眠り姫」
 茶化したようにそう言った。
「な……」
「なんだよ。王子のキスで目覚めたら姫は感謝するもんだろ?」
 手元にあった雑誌や本を顔めがけて投げた。こいつはあっさりそれをつかんで、机の上に置く。こいつがどうして私の部屋にいるのかということよりも、さっきこいつがやったことを思い出して怒鳴り声を出す。
「なにしてんのよー!!」






眠り姫






 バタバタと階段を駆け下りて、リビングに続く扉を開けた。
「ちょっと!!お母さん!!なんで勝手に雄輔(ゆうすけ)、私の部屋に入れてんのよ!!」
「あら、いいじゃない。雄輔君は幼なじみなんだから。ねぇ?」
「ですよねぇ」
 階段を悠々と下りてきて、雄輔が飄々(ひょうひょう)と言った。そりゃあもう飄々と言ってのけた。
「もう15歳なんだから私の許可なく勝手に入れないでよ!!私は女でこいつは男なの!!」
「やだもう、(かおる)ったら。女の子なのにそんな言葉使いしちゃダメよ」
 そう言いながら母は雑誌を広げて優雅にコーヒーを飲んでいた。こういうときの母は人の話を聞かない。いつも聞かないが。
「そうそう。こいつじゃなくて俺のことは愛を込めて『雄輔』って呼んで。じゃなきゃ、小さい頃みたいに『ゆー君』て呼んでくれてもいいよ」
「てめぇは幼稚園児か!!」
 言いたい事を言ってからリビングを飛び出して、玄関に向かう。あいつがいる限り、この家の中に安息の地などない。私の家なのにー!!
「薫ー。雄輔君なら親の許可要らないからねー」
 母ののんびりした声ごと閉じ込めるようにバタンと扉を閉めて駆け出した。早く逃げないときっと母に指示されてあいつが追いかけてくるだろう。こういうときは自分の鈍足が恨めしい。






「みーつけた」
「げっ!!」
 自分の足ではそこまで遠くは逃げ切れないと判断して橋の下にいたのだが、雄輔はあっさりと私を見つけた。探知機でもつけているかのようだ。
「あんた、どうしてここにいるってわかったのよ!!いつも行かないような所わざと選んで隠れてたのに!!」
「もちろん愛の力」
「寝言は寝て言え!!」
 本気で怒っている私の姿を見て雄輔は楽しそうにしている。私がこれ以上逃げないように手を掴んで私の頭を撫でた。
「そうやって怒ってるところがマジで可愛いなぁ」
「死ねボケ!!このマゾ!!」
「いやぁ、マゾじゃないって」
「放せ!!マゾ以外の何者でもないだろうが!!」
 頭を撫でていた手をどかして、その手で私を抱きしめる。もちろんすぐに抵抗しだすが、力で負けているので自力では逃げられない。
「放せ馬鹿!!セクハラで訴える!!」
「愛がこもってれば、セクハラじゃないんですぅ」
「立派なセクハラだ!!」
 橋の下で人目がないのをいいことに、私の手をつかんでいた手も使って雄輔は全身で私を抱きしめた。
「放せ!!私は抱き枕でもぬいぐるみでもない!!」
「大人しくしろ。さもないとここで犯す」
「………」
 この笑えない状況で笑えないことを静かに耳元で言った。前語撤回!!こいつはマゾじゃなくてサドだ!!
「俺がいるからって何も家を飛び出さなくてもいいじゃないか」
「…その前に私に言うことない…?」
「え?何が?」
 やっと腕を緩めて私を解放した。でも逃げないように右手はしっかりと掴まれている。
「何がじゃないだろ!!どうして私がこんなに怒ってるかわかる!?あんたが!!あんたが……私のファーストキス…」
「それはすいませんねぇ、薫さん。あまりにも寝顔が可愛かったもんだから、つい」
「ついで済ますな!!」
「だってねぇ、あんな無防備な寝顔向けられたらさ。抑えてられないよ」
「…マジで一回捕まって来い、犯罪者」
 雄輔が笑顔をこちらに向けている。…嫌な予感がした。
「じゃあさ、許可とってからならいい?」
「は?」
「キスするから」
 そう言って私の返事を待たずに雄輔は唇を重ねてきた。ただし今回は私を起こした時のような短いものではなく、とても長く、雄輔の体温がこちらまで伝わってきた。
 ゆっくり唇を離したとき、とても満足げな顔をしていた幼馴染。こいつはマジで犯罪者になれると思った。
「なにしてんのよ!!許可とってからって言いながら、私が何も言わないうちに!!」
「あれー?そのわりには顔が赤いよ、薫」
 雄輔を無視して私は歩き出した。しかし、手を雄輔に掴まれてるので前に進めない。
「いいかげん放せ!!私は家に帰るからね!!」
「だったら、俺も行くから」
 雄輔は私の手を握ったまま、私の家の方向に向かって歩き出した。
「ちょっと。カップルじゃないだから、手、放してよ」
「いいじゃん。俺らカップル」
 雄輔は手をしっかり握ったまま、さらに私に接近してきた。傍目から見たらさぞラブラブなカップルに見えることだろう…。
 雄輔の強引さに私もついに根負けして、抵抗をあきらめる。
「そういえばさ」
「…何?」
「さっきファーストキスって言ったけど、あれファーストキスじゃないよ」
「は?」
 わけわからない事を言われて隣を歩く雄輔の横顔を見た。本当に楽しそうに笑顔を浮かべている。
「一緒に幼稚園に通ってた頃に、俺がお昼寝してた薫にキスしたからね」
「………」
「あの時の薫、素直で可愛かったなぁ。起きた時にさ、『王子様のキスで起こしてくれたの?』って」
「………」
「それを知った親たちがノリノリで将来絶対結婚させるって言って…」
「………」
「もうこれは運命だね」
「今すぐに警察に突き出してやる!!この犯罪者!!」















 コメディ色の強いラブコメです。なんというか…ベタベタですね…。眠り姫というのはもちろん童話のあれをもとに…。原形とどめてないけど…。
 薫のセリフは言うとすっきりするかもしれません。ほとんど怒鳴り声ですから。
 あと、作者から言わせれば雄輔は「マゾの皮をかぶったサド」です。





2008年3月2日


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