アストレアの天秤
第六話 「………」 足元に落ちている物を見てダランは目をしばたかせた。 ウサギほどの大きさで、全身をまだら模様が覆っている。姿形は猫だが、その背には鳥の翼。魔獣の一種のようだった。 魔獣を見たら素早く逃げるのがザイル人では一般的だ。けれど、ダランはこの魔獣に既視感を覚えていた。魔獣ではなく普通の動物のようでいて、何故か翼を持つもの。つい最近会ったばかりの少女が連れている魔獣によく似かよっている。もっともあれは猫に鳥の翼ではなく、犬にコウモリの翼だが。 それが何故か落ちていた。倒れているというより落ちている。魔獣であれば威嚇ぐらいしそうなものなのに全く鳴かない。心配になって触れてみると、温かさが伝わってきた。死んでいるわけではないようだ。 このままにしておいたら他の人がこの道を使えなくなってしまう。そう考えて彼は恐る恐る魔獣を持ち上げた。 魔獣がうっすらと目を開けた。驚いて落としそうになったが、なんとか持ちこたえる。 「動けないのかな…?」 小さく問いかけるが、返事もしなければ唸りもしない。人間の言葉を解さない種類なのだろう。 怪我をしているのならば医者に見せたいけれど、普通の獣医でも相手が魔獣では飛んで逃げてしまう。家に連れ帰っても家族は魔獣に免疫はない。 「チェルシーの家に連れて行ってみようかな」 あの家ならば魔獣の処置も分かるかもしれない。魔獣みたいな者もいるし。 「暴れたりしないでよ?」 暴れる気力もないのかもしれないが念のため言っておくことにした。 「あれ?」 視線の先を知り合いの少年が通りすぎて行く。方角を見るにチェルシーの家に行くのだろうが、本人がここ、霧の野原にいることに気づいていないようだ。 「ダラン!」 「うわぁ!!」 大げさなほど驚いて抱えている物を落としそうになった。斑の翼がバタバタと動いた。 「あ、暴れるなよ」 「何?鳥?」 チェルシーが草を掻き分けてダランのすぐそばまでやってきた。 「鳥じゃないよ。魔獣なんだけど、病気なのか道に落ち…倒れてて」 「魔獣?」 チェルシーが腕の中で埋もれかけた魔獣を覗き込み、触れようと手を伸ばした。 「チェルシー、そいつから離れろ」 声のする方を見ると黒い犬のような身体にコウモリの羽を備えた魔獣、ルーウェンが牙を剥き出しにしていた。警告する声は硬くチェルシーもダランも驚いて彼を凝視する。 「何が…うわっ!!」 突然魔獣が激しく動いて腕から抜け出した。黄色っぽい目が爛々と輝いている。ダランが捕獲する前に魔獣はルーウェン目掛け、飛んで行く。 「ちょっ…」 ルーウェンは目を剥いて、素早く人型をとった。程よく筋肉のついた腕が魔獣を捕らえる。魔獣はもがくが、彼はそれを放そうとしない。 「手を放せよ」 ルーウェンよりわずかに高い声が響いた。魔獣が口をきいたのだ。 「放さないと言ったら?」 猫の形の魔獣が瞬く間に人の形に変わった。ルーウェンと同じくらいの歳の男だ。珍しい薄緑色の髪を腰まで伸ばし、首の近くで一つに結んでいる。ルーウェンに襟首を掴まれていても平然と男は答えた。 「それはそれで嬉しいんだけどね、是非もっと色っぽい状況で言って欲しいな」 「寝言は寝て言え」 「寝言じゃないし、俺はいつでも本気だよ♪」 「馬鹿な発言は慎め」 「何を今さら」 男が襟首を掴んでいる手に触れようとするとルーウェンは襟首を放して、さっと手を引いた。 「つれないなぁ。俺とお前の仲だろ?」 「…何故いる」 男の言葉を完全に無視してルーウェンが問いかけた。先ほどよりも声が硬くなっている。 「何故お前までここにいるんだ、スカルド」 スカルドと呼ばれた男は口元に笑みをたたえている。幸せなどとは遠く離れた微笑みだ。 「それはこっちのセリフだね、ルーウェン」 ついにあの馬鹿ことスカルドが登場しました。ようやくです!あ、馬鹿とか呼んでますけど、頭が悪いという意味じゃ決してありませんよ。 言うまでもなく暴走キャラなので、ここからのストーリー展開は彼にかかっています。あまり暴走しないことを祈りたい。 この第六話から俺のやる気が続く限り月一更新でいきます。やる気が続く限り!! |