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第十話(下)


「…久しいな。有明(ありあけ)
「明王…」
 金鏡が形容しがたい表情でその人と対峙している。
 セイが扇を落として笑い出した。体力も限界に近い時にこの人が現れると誰が考えるだろうか。
「不動明王を呼ぶとは…よくやるな」
「体力根こそぎ持ってかれたんだからもっと誉めてくれ」
 吉綱は座る気力も失ったのか、その場に倒れて笑っていた。
 不動明王は辺りを見回し、倒れこんでいる八童子にさらに表情を固くした。
「よくやるものだな、有明よ」
「有明じゃない。俺の名前は金鏡だ」
 明王が一歩踏み出すと金鏡が一歩後退した。狐火の檻に背が触れて、皮膚がただれていく。
「吉綱、この檻を解いてやれ」
 明王に乞われて吉綱が梓に檻を解くよう指示した。檻はゆっくりと上から消滅していく。
「有明」
「違う!!」
「本来、こちら側のお前が我らを滅却していて面白かったか?」
 明王の問いに金鏡が嘲笑(ちょうしょう)した。
「面白かったかって?もちろん。俺はお前らに復讐するためにやっていたんだからな。俺を追放して地獄界(地獄界)に落とそうとしたお前らに!!」
 明王が目を細め、悲しみを映し出した。
「神殺しをしたお前には仕方のない処置だった」
「そう言ってお前らは天上界から俺を追放した。俺の言うことには耳を貸そうともしなかっただろう!!」
「あの状況で誰が信じる?」
 金鏡と明王の話を聞いていて吉綱が呟きをもらす。
「一体金鏡は何をしたんだ?」
「神殺しで追放された神がいると聞いたことがある」
 セイが吉綱の側に座りこんだ。
「それが金鏡?」
「さぁ。そこまで詳しくは知らない」
「金鏡ですよ」
 片足を引きずりながらゆっくりと清浄(しょうじょう)がやってきた。
「清浄、動けるのか?」
「歩くのが精一杯ですけどね。今さっき目が覚めました。ところで制多迦は知らないと言っていることについてですが、知らないということはないと思いますよ」
「俺達が意識を持つ前のことだろ?なのになんで知ってるんだ」
「恥ずべき無知ですね。まぁ明王に一番近かった制多迦が知らないなら、後は私と矜羯羅しか知らないんでしょうけど」
「明王が関係してるのか?」
「関係してるも何も金鏡、いえ有明でしたよね?有明は我々の一代前の明王の従者(じゅうしゃ)です。彼も天部の一人だったんですよ。もっとも、天部の中での地位は我々よりずっと上ですが」
「じゃあ、神殺しに関しても何か知ってるのか?」
 吉綱が清浄に聞いた。清浄が目を細めて吉綱を見る。正確にはその奥の物を。
「多少でしたら。殺されたのは同じ天部の者だったと思いますよ。殺されてすぐに有明が呼び出されました。血に濡れた剣を握ってその場に立っていたのが目撃されたからです。有明はすぐに追放されることに決まりました。追放という形だと体裁が悪いので自ら出ていったということになっていますけどね。でも…確かその後すぐに地獄界で処刑されたはずじゃ…」
「その通り。表向きは処刑されたことになってるよ。表向きはね」
 明王と対峙していた金鏡に清浄の説明が聞こえたのか彼は付け足した。
「だから、有明は死んでいる。お前らに殺されたんだ」
 苦々しく言い捨てた。
「有明」
「俺は有明じゃない!!」
「では月の御使いよ。何故月という言葉を捨てない?金鏡は月の異名だ。有明の月から私が付けた名の由来と同じ物を使う?その全てを反射する力から私が付けた物と同じ月の名を」
 金鏡が顔を歪めた。怒りよりも悲しみに近い顔。
「もう一度問う。あの神殺しはお前の仕業か?」
「違う!!」
「四十年ほど前の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)は?」
「…あれは指示されて俺が操った」
 セイが傷のことも考えずに勢いよく立ち上が金鏡に掴みかかった。
「お前か!!お前が矜羯羅を!!この肩の傷を!!」
「落ち着け、制多迦」
 明王がセイをおしとどめる。
「有明、指示されてと言ったな?誰の命令だ?」
「それは………」
 金鏡はそれきり口をつぐんでしまった。
「言えないのか。私は今後悔しているよ。何故あの時、お前を信じてやれなかったんだろうな?どうしてお前の言葉に耳を傾けてやれなかったんだろうな?」
「………」
「信じるべき立場にいる私が信じなくて誰が信じるのだろうか?」
「…あいつを殺したのは俺じゃない。俺が気づいたときには、剣を持ってあいつの身体を目の前に立っていたんだ。それだけは本当だ」
「有明、すまない。お前が殺したとしか思えなかったんだ…。すまなかった」
 明王が深々と頭を下げた。
「明王…明王様…頭を上げてください」
 明王が頭を上げると、金鏡、有明が静かに涙を流していた。
「明王様、私が地獄界で処刑される前に救い出したのは…魔羅(まら)です。今回も、四十年前も、魔羅の指示でやりました。すみません…敵である魔羅の手を取ったのは私の弱さです…」
「有明」
 明王が有明に手を伸ばすが、その手は空を切った。明王の目が見開かれる。
「あり…」
「明王様、最後に貴方に伝えられて良かったです」
 有明が微笑む。
「明王様、気をつけてください。魔羅は仏神を丸ごと消そうとしています。もう、すぐそこまで迫っていますよ」
「待て有明!!」
「それじゃあ」
 有明が一歩下がると身体がほのかに発光し出して、少しずつ、指先から消えていく。
「油断しないでくださいね、明王様…」
 そう言った直後に有明は消えた。
「あ、り、あけ…」
 明王がゆっくりと呟いた。
「…なんで暁は俺たちが何かする前に消えたんだ」
 セイがそう口にする。
「秘密をもらしたら消えるようにしたんだろうな、魔羅が」
「魔羅か…」
 明王が手を振る。あっという間に八人の傷が消えた。何事もなかったかのようにいつもの表情を浮かべている。
慧光(えこう)慧喜(えき)指徳(しとく)阿耨達(あのくだつ)、烏倶婆哦、清浄比丘(しょうじょうびく)、帰るぞ」
 名前を呼ばれた六人は即座に天上界に戻っていった。
「制多迦童子!!お前もだ」
「俺も?」
「戻ってその傷を癒せ。治ってないだろう?」
「しかし…」
「制多迦童子」
 セイが肩の傷に触れて、吉綱を振り返り、明王の側に行って頭を垂れた。
「吉綱、制多迦は借りていくぞ。現世まで送ってやろう」
「ありがとうございます…」
 吉綱がセイを見た。セイは顔を伏せたままこちらを見ようとはしない。吉綱が現世に送られるまで、セイは顔を上げようとはしなかった。






「吉綱、最近あの小さい、なんと言ったかな?あの人を見ていないようだけど、どうしたんだい?」
 吉綱の兄、道孝(みちたか)が愚痴がてらこう言った。吉綱の顔が翳る。
「あれなら…里帰りしましたよ」
「そうなのか。道理で最近見ないと思ったよ。いつ帰ってくるんだい?」
「さぁ。もしかしたら帰って来ないかもしれませんね」
 それだけ聞くと道孝は帰っていった。
 ため息をついて椅子に深く腰かける。依頼はいつものように来るのだが、何故か気がのらなかった。一人でやれることの方が多いが、相棒がいるのといないのとではここまで違いが出るということを思い知らされた。
「もう一ヶ月か…」
 セイが天上界に戻ってからもうそんなに経つ。向こうからはまだ何の連絡もない。このまま何の連絡もないのだろうという予感があった。
 不意に眠気が吉綱をおそった。このところ仕事が立て続けにあったから疲れがたまっていたのだろう。
 椅子に腰かけたまま吉綱は意識を手放した。
「おい、吉綱」
 しばらくしてから声をかけられて吉綱が目を覚ました。ぼーっとしたまま目線を泳がせる。髪を後ろで結んだ小柄な人が見える。
「夢か…」
「何寝ぼけてるんだ、吉綱」
 もう一度声をかけられ吉綱が飛び起きた。
「セイ!?」
 セイが扇をパタパタと振って不敵に笑う。
「なんだよ」
「なんでお前ここに!?帰って来ないんじゃなかったのか!?」
「馬鹿か?」
 セイが扇を口にあてる。
「誰がそんなこと言った。俺はお前の護衛だぞ。帰ってこないはずないだろう」
 にやりとセイが笑った。自然と吉綱の顔がほころぶ。
 また、いつものように客を知らせる呼び鈴がけたたましく鳴り響いた。














 ここまで読んでいただきありがとうございました。護法之書はこれで終了です。まぁ…第二章など頭の中で考えてはいるんですが、多分書かないのではないのかと…。
 最後まで主人公なのに存在が薄かった吉綱様、戦わせるのが楽しいと言う理由で徐々にボロボロになっていく制多迦、気を失う回数が非常に多かった清浄などとてもいいキャラたちがたくさんいました。それでも最終話でかわいく思えてきてしまったのは暁、金鏡、というか有明。なぜ最後であそこまで素直になったのか…。書いている自分が一番謎。
 多分これから番外編はいくつか仕上げますが、本編は(第二章を書かなければ)これで終了です。本当に今まで「護法之書」を読んでいただきありがとうございました。






2007年11月26日





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