護法之書
第十話(上) 「 「矜羯羅…矜羯羅!!」 制多迦より後ろの方で矜羯羅を連呼する声がする。さっきまでうめいていた 矜羯羅はそちらを向くと唇に人差し指を当てた。途端に烏倶婆哦が口を閉じる。それを見て彼女は満足したようだ。 「 矜羯羅が 金鏡はそれを避けようともせず、のんびりとした調子で矜羯羅に問う。 「時間が限られている理由を聞いても?」 狐火は金鏡にぶつかる直前で二つに別れてしまった。 「これは借り物の身体です。私があまり長く出ていればこの身体に負担がかかる。今のように致命傷をおっていれば命を落としかねません。この身体が命を落としたら私はもう消滅するしかありません」 矜羯羅が 「矜羯羅!!敵にそんなことを教えるな!!」 制多迦が声を荒げた。 「教えても教えなくても同じなのよ、セイ。そうですよね?堕ち神様」 金鏡が眉間に皺を寄せる。 「その呼称で呼ぶな。不快だ」 「失礼いたしました」 矜羯羅が丁寧に謝罪する。そのことに制多迦は違和感を憶える。 何故矜羯羅は敵を相手に敬語を使うんだ?矜羯羅が敬語を使うのはたいてい鬼神より上なのに。鬼神より上?神?堕ち神? 「まさか!!貴様が神だと言うのか!?」 制多迦が金鏡を指差した。指された方は事も無げに笑う。 「セイ、今は神じゃないわ。地に堕ちた者よ」 「どっちだろうが変わらないだろう!!道理で鬼にしては備えてる力が強いわけだ!!」 「神じゃない。あいつらと一緒にするな」 金鏡が矜羯羅に近づく。矜羯羅は一歩も後退しない。そのかわりに梓が警戒を強めて低く鳴いた。 「そんなに 「お前には関係ないだろう」 「そうですか…。梓、囲んで」 主の短い命令を正しく理解して梓が金鏡を狐火の檻で囲いこんだ。金鏡がもの珍しそうに檻を眺めている。 「次は何をしてくれるんだ?矜羯羅童子」 「推測してみせてください」 矜羯羅はただ静かに笑った。 「趣味じゃないな」 「おい、矜羯羅」 制多迦が動けず、転がったままの状態で声を出した。 「ごめんね、セイ。本当に時間がないの」 矜羯羅はそれだけ言うと金鏡を見据えた。 「そのまま大人しくしていていただけませんか?」 「従うとでも?」 「従っていただけないのでしたら、強行手段に出るしかないのですが…」 金鏡はそれだけ聞くと右手を伸ばして狐火の檻に触れた。檻全体に細かな揺らめきが起きる。 「閉じ込められるのは好きじゃないんだ」 矜羯羅が梓の頭を優しくなでる。 「梓、もっと強めて」 梓が目を細くして、さらに狐火を召喚した。狐火は先ほどの檻の上にまた檻を作り出した。二重の檻が金鏡の反射の力に勝った。金鏡が伸ばした手を即座に戻す。指先は火傷で赤くなっていた。 「いっ……!!」 「もう負けを認めていただけませんか?」 「誰が!!全力を出せば鬼神など敵じゃない!!」 矜羯羅が目をふせた。その瞬間にその姿が揺らめく。 「矜羯羅!?」 「これから先は私じゃどうにもならないわ。セイ、頼んだわよ」 「どういう意味だ…!?」 矜羯羅が自分の胸に手を当てて目を閉じる。取り巻く通力が濃くなった。 「何をする気だ!!」 金鏡が妖力を強めて、矜羯羅の通力を相殺しようとする。しかし妖力は檻に阻まれるようにしてそれ以上先に進まない。 金鏡がそうしている間にも矜羯羅は次々と印を結んでいく。 「くそっ…!!」 金鏡が力任せに檻を叩いた。ジュッという音で皮膚が焼ける。それにも構わず金鏡は檻を叩き続ける。 矜羯羅が 「アビラウンケン」 その矜羯羅の姿が眠りにつく前のものと重なった。制多迦は必死で 「やめろー!!」 制多迦の叫びが届く前に矜羯羅を白く純粋な光が覆った。 制多迦はなんとか足を踏み出すが、すでに満身創痍だった身体に歩けるほど力は残っていない。制多迦は鬼神としての姿を保っていた力を全て身体を支える方に回した。人型に戻ったセイはジワジワと血のにじみ出す脇腹を押さえてゆっくり足を進める。着物はすでに赤く染まり、一つにくくった髪も血で固まっていた。 「 低い男の声が響き、光が散った。背が高く、短髪で洋装の男がそこから一歩一歩確実に歩き出した。 「 「他に誰がいるんだよ、セイ」 吉綱が笑いかける。 セイは懐から骨が黒い扇を取り出し、構えた。その顔はどこか喜びが漂っていた。 セイが扇を広げて金鏡を見据えた。金鏡の顔には焦りが表れている。 「無用な戦いはここで終わらせようか、暁」 「………」 何も答えない金鏡をいぶかしく思い、金鏡の目線を追った。その先には 「何をする気だ、吉綱」 「止めるなよ、セイ」 「何が」 セイが最後まで言う前に吉綱は心印を組んで目を閉じる。 「ナウマクサラバタタァギャティビヤク、サラバボッケイビヤク、サラバタタラタ、センダマカロシャダケンギャキギャキ、サラバビギナンウンタラタカンマン」 一息で 風が凪ぎ、僅かにある草や木が何かを感じとってザワザワと揺れる。強大な力の断片を感じて全身に鳥肌が立つ。 「な、何をしたんだ…!!」 セイが吉綱に聞くが額に汗をかいてただ笑うだけだった。 「やめろ!!あいつだけは!!あの人は呼ぶな!!」 金鏡は焼けるのも構わずに檻をつかんで悲痛な声を上げた。 「もう、俺達じゃどうにもならない領域まで来てるんだ。残念ながら」 吉綱が表情を消した。 風が再び吹き荒れ、男が姿を現す。その人は高尚な強い力と威圧感を従え、白の布を軽くまとっている。足にはいくつかの装飾品があるだけで何も履いていない。その顔を彩るのは怒りの赤。その目は真っ直ぐ金鏡を捉えている。 |