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犀雅国陸軍軍事記録
第34話 誘拐と血刀9


 ジープが街中を疾走していた。5人全員がついてきている。ただ、4人はそれなりに緊張をはらんだ顔つきをしているのに、三浦軍医はいつも通り笑顔で後部座席に収まっていた。運転席には上田伍長、助手席には柳中尉、後部座席には軍医の他に佐伯少尉が座っていた。定員ではもう一人座れるはずだが、市ノ瀬軍曹はなぜか荷台に乗っていた。
「上田、もっと飛ばしなさい。でも安全運転で」
「うわぁ…。注文がめんどくせぇ…」
「何か?」
 中尉が胸の銃に手を伸ばしたのを横目に見て、上田が慌てた。
「ちょっと待て!待ってください!今運転中!今、俺運転中!こんなことしてたら安全運転も何もないっすから!!」
「喋ってる暇があるなら、真面目に運転しろ」
 少尉が後ろから上田に呟いた。ごく小さな声だったのにもかかわらず、軍曹が頷いている。繰り返すが、軍曹は荷台、窓はあるが閉め切ってある。少尉は前を向いているため、唇の動きで分かったということはない。
「ところで、大佐は無事なんでしょうか」
「………」
 ちらりと軍医を見たが、特に何か言う気配はない。彼女は車に乗ってから一言も口をきいていない。かといって大佐を心配しているそぶりもない。ただいつも通りニコニコしていた。
 南に向かってひたすら車を運転していたが、大通りを抜けて分かれ道に差し掛かっていた。上田はいったん道路の端に車を寄せて停車する。
「あーっと……軍医、この先どっちっすか?」
「右側の道へ約100メートル行ったところで左に入ってすぐのところのようですね」
「上田、100メートル行ったらその場で車を止めなさい」
「りょーかい」
 指示されたとおりに車を静かに停車する。すぐさま車から下りて角から大佐がいると思われる場所の様子を見た。
「あれですかね」
 少尉が指示した先には他と変わらない風情の建物が建っていた。灰色のコンクリート製のビルだった。
「場所は合ってますね」
 軍医が手元の探知機で確認する。
「でもそれにしては見張りなどいないように見えますが…」
「わかりやすいところには置かないんじゃないんですか?」
「ということは…」
「見張りは扉の向こう側でしょう」
 上田が低くうめいた。こういう時のパターンはわかっている。
「一番最初に飛び込む人間が一番危険ですね」
 少尉が呟いた。中尉、軍曹がうなずきながら上田に視線を送る。
「あー……やっぱり俺ですか…」
「他に誰がいるんです」
「わかってますよ…。こういう時の俺の役回りぐらい…」
 ホルスターに手を伸ばして銃を取り出し、弾を確認した。ここに来る前に中尉から回収しておいたのだ。
「いったい誰なんでしょうね、大佐を誘拐するようなモノ好きは」
 自分も銃を確認しながら中尉が答える。
「朝比奈大佐を誘拐するモノ好きはいなくても、陸軍大佐で斉刻司令部の現トップを誘拐するモノ好きなら覚えがあるんじゃないんですか?」
「あぁ…そっち」
「ところで軍医はここに残りますか?任務じゃないんですから、わざわざ巻き込まれる必要性はありませんけど」
 中尉が軍医に話を振る。軍医が笑みを深くした。
「ついていきますわ」
 軍医との付き合いの長い二名はその後に続く言葉を簡単に予想できた。
「面白そうですので」
「そう言うと思いました」
 中尉がそこにいる4人全員の顔を確認して、上田に短く命じた。
「行け」
 上田が静かに走って行ってドアノブに手をかける。他4人もその後について行った。
「3、2……」
 上田が思いっきり扉を開けた。中で立っていた見張りらしき男がぎょっとした顔つきでこちらを見ている。その一瞬の隙を突いて、上田は足を払い、首元に肘を叩き込んだ。それだけで男は簡単に伸びてしまった。
「返したのに結局銃使ってないじゃないですか」
「中尉、接近戦なら銃より体術の方が早いですって」
「それより、早く大佐を救出しましょうよ」
 少尉の声で、軍医が機械をさらにいじくった。表示画面が先ほどと変わる。
「下ですね」
「階段は!?」
 階段を探す前に奥からわらわらと物音を聞きつけたやつらが出てきた。手にはそれぞれ武器を持っている。
「階段より先に目の前の敵っすね」
 上田と中尉は銃を、少尉は2本の剣を、軍曹はナイフを構えた。軍医は4人の後ろで傍観を決め込んでいる。
「階段は探すより脅して聞き出しましょう。どうせ簡単に行けないようになってるでしょうから」
「同意!」
 拳銃が同時に鳴り響いた。










2009年9月9日


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