アストレアの天秤
第三話 ダランは深くため息をついた。 チェルシーの家で食事をしてから帰ったら、母親に怒られたのだ。見ず知らずの人の家で食事をするなと。 まぁ、会ったばかりなのだから仕方がない。しかし、悪いからその子を食事に呼んであげろというとは思わなかった。 そんなわけでダランはチェルシーを誘いに行った。 霧の野原沿いにある小ぢんまりとした家が見えてくる。その扉の前に立つと、ダランは深呼吸してから叩いた。中からチェルシーの母親の声が聞こえる。 「どなた?」 扉が勢いよく開き、ダランの額に直撃した。あまりの痛さに彼はその場でうずくまった。 「あっ!!ごめんなさい!!そんなつもりなかったの!!」 チェルシーが謝る。ダランがなんとか顔を上げるとチェルシーの肩に乗っていた獣型のルーウェンが侮蔑を込めた目を向けてくる。これぐらい避けろよと言いたそうだ。 「ごめんなさい!!大丈夫?ダラン」 「大丈夫…だから、そんなに謝らなくていいよ」 ダランはなんとか立ち上がって、ルーウェンを見る。表情から何を考えているのかまったく読み取れなかった。 「それでダラン、何か用?」 「お昼ご馳走になったお礼に夕飯に誘いなさいって母さんが」 「あ、じゃあ聞いてみるね。お母さん」 チェルシーが家の中に入っていく。 ダランはその場に残されたのだが、一人ではなく、何故かルーウェンもいた。ルーウェンが感情を映さない目でこちらを見ているので居心地が悪い。 「なんで見てるのさ?」 別に丁寧語で話さなくても問題はなさそうだ。 「………」 「少しはなんか言ってくれよ」 ルーウェンがダランの目の高さまで上がってくる。黒い体毛と翼は威圧感を与えるのに充分だったが、ダランはそれを表に出さないように平然としてみせた。ルーウェンにしたらその反応がいらだちの原因なのだが。 「何故あの子につきまとう」 「つきまとってるつもりは…」 「つもりはなくても俺にはつきまとっているようにしか見えないな。分かったら即刻ここから立ち去れ。俺とあの子の前に現れるな」 「な、なんであんたにそんなこと言われなくちゃならないんだ!!僕のどこが気に入らないんだか知らないけど、チェルシーの前に現れるなって言う権利はないだろ!!チェルシーは大切な友達だ!!」 ルーウェンが目を細めると、威圧感に萎縮したダランは一歩後ろに下がって彼を見る。やがてルーウェンは不機嫌に吐き捨てた。 「…勝手にしろ」 そこにチェルシーが戻ってきた。最初はその場のピリピリとした空気に驚いていたが、何事もなかったかのように普通に口を開く。 「お母さんがいいって」 「そう。よかった」 ダランが笑った。チェルシーにというよりルーウェンを威嚇する意味を込めて。 「俺も行く」 ルーウェンの申し出に少なからずダランは驚かされた。ここで否と言ったら負けな気がして首を縦に振る。 「じゃあ行こうか」 ダランは彼らを連れて霧の野原沿いを歩いて行った。野原の横の細道を抜けて、しばらく歩くと大通りにでるのだが、彼はその前に一旦止まった。チェルシーが怪訝そうにしている。 「えっと…うちの家族は魔獣に免疫ないから…」 口の中でモゴモゴ言っていてよく聞き取れないが、チェルシーは何を言いたいのか正しく理解してルーウェンを一瞥した。ルーウェンはため息をついてから黒髪で長身の人型になった。 「これでいいか?」 ダランが首を縦に激しく振った。別にそんなことルーウェンは気にしてないからはっきり言えばいいのに、とチェルシーは思わずにはいられなかった。 黙々と足を進めてチェルシーたちが大通りに出るとすぐに、後ろの方から女の子独特の高い声が聞こえた。三人が振り返ると茶髪で茶色の瞳を持った女の子が駆けてきた。 「お兄ちゃん!!」 ちょっと怒ったような声が響く。 「ディーナ!?」 ダランが驚いてすっとんきょうな声を出した。女の子、ディーナはダランのところまで走ってくると右腕に抱きついた。 「えっと…誰?」 「あぁ、妹のディーナ。ディーナ、こっちはチェルシーとルーウェンだよ」 「よろしくね。ディーナちゃんでいいかな?」 チェルシーが優しく聞く。その間もルーウェンは眉間にしわを寄せたまま何もしようとはしない。 「…よろしく」 ディーナがチェルシーを睨みながら言ったのを、チェルシー自身は見逃さなかった。 9月中にアストレアの第三話をお届けできてよかったです。 見て分かるとおり、ようやくタイトルも決定しまして。柳瀬川にヘルプしておいて最終的に自分で決めたんですがね(笑) やっとダランとルーウェンの間に深く溝が刻めてよかった(いいことか?)。彼らに溝ができないとこの三角関係なりたたないんですよ。 第三話では新キャラにダランの妹、ディーナが登場いたしました。チェルシーに対して敵対心バリバリですね。なんたってブラザーコンプレックス。略してブラコン。彼女のブラコンレベルは次の回で明らかになるはず。 では第四話までさようなら。 |