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護法之書
第五話(上)


 呼び鈴の音がけたたましく鳴り響いた。
 椅子に座って本を読んでいたセイが顔を上げる。そして何かを感じ取って眉をひそめた。
「どうした?」
 机や椅子をすべて端に寄せて白墨片手に床に何か書いていた藤原吉綱がセイに声をかけた。彼のそばには小難しい本が山積みにされ、木の葉、水が入ったバケツ、何かが書き付けられた紙が無造作に置かれている。
 開いていた本に再び目を落してからセイが答えた。
「いや。なんでもない。客みたいだから連れてこい」
「たまにはお前が行ってくれよ。今忙しい」
「今やってる意味のない呪術やめて、客迎えろっていう俺の優しさだぞ。それにやつらならお前がやってることよりずっと役に立つ」
 最後の言葉が気になりセイに聞き返したが、本に夢中でまったく聞いていなかった。
 仕方なく床に転がっていた物をどかして、ついでに椅子や机ももとに戻し、吉綱は超常現象解明局の玄関に向かった。
 扉を開くとそこには黒い髪を撫で付け、眼鏡をかけた若い男性と長い髪を後ろで一つに縛っている若い女性がいた。
「どうぞ」
 一言声をかけ、セイがいる部屋に向かった。
 男女が勧められた席についてもなかなか話し出さないので吉綱が先に口を開いた。
「どういったご用件でしょうか?」
 男性は少し変な顔をした。女は入ってきた時と変わらず無表情だ。
「用件は…仕事のことなんですが…」
「…仕事、ですか?」
 吉綱が聞き返すと男性は更に不思議そうな顔をした。その様子を見て何か勘違いしているんだろうと思った。
「失礼ですが、尋ねるところをお間違えでは…」
「おい、くだらないことしてないでさっさと用件言え」
 セイの丁寧とはかけ離れた言い方に驚いた。
「セイ!!相手はお客…」
 吉綱の注意を促す言葉は途中で止まった。
 男性は眼鏡を外して胸ポケットに突っ込むと瞬き一つで変身した。女性も同じ時に変身した。
 いや、変身したのではなく人型を解いたのだ。二人は先ほどとはまったく違う格好をしていた。男性は茶より少し薄い色の短い髪に、瞳は黄色と橙の間の色をしていて、仏像を思い起こさせるような長い布を上半身に巻き付け、腕を出している。女性の方は髪の色は男性と同じで長さは肩ほど、瞳は藍と言ってもいいほど深い青。下は膝までの物をはいて、上は男性と同じ服だった。
「…兄妹ですか…?」
「ツッコミどころが違うだろ!!」
 吉綱の一言にセイがすかさずつっこんだ。男性はそれを見て吹き出す。
「いや。少なくとも兄妹じゃないよ」
 笑いながら男性は否定した。女性は相変わらず人形でないか疑いたくなるぐらい無表情だった。
不動八大童子(ふどうはちだいどうじ) の第一、慧光(えこう) 。こっちの無口なのは第二の慧喜(えき) 。ほら挨拶」
「初めまして」
 ようやく慧喜が口を開いた。低めで抑揚に欠けた声だった。
「…慧喜…さん?は女性ですよね…?」
 吉綱の意を決した言葉に慧光が再び吹き出した。
「吉綱ぁ…」
 セイが深くため息をつく。笑いの発作がある程度止まったところで、慧光が言った。
「慧喜は女だよ。面白いこと言うね。烏倶婆哦(うくばが) に会った?」
 頷くとまた笑った。
「苦労してるね。ところでそっちは制多迦(せいたか) ?」
 慧光がセイを指差す。吉綱が首を縦に振るとまた笑いの発作が起きた。
「どいつもこいつも人指して笑いやがって…!!」
「本来の姿見たら笑うしかないだろ」
 制多迦の身長とセイの身長の差は50センチ近い。
「ここ来て一番のツボだよ」
「そんなことで笑うな!!」
 笑い続ける慧光とそれに対して怒るセイを見て何を思ったのか慧喜が口を開いた。
「制多迦、牛乳飲め」
 慧光が貯まらず吹き出した。慧喜の何気ない言葉に吉綱も笑う。
「そんなくだらないこと言ってないでさっさと用件言え!!」
 怒りに任せて怒鳴ると、慧光の発作が止まった。
「忘れてた。やっぱり重要事項は清浄(しょうじょう) に言ってもらわないと。責任持てないよ」
「責任持つ気ないだろ!!」
「まぁそういうことは置いておいて、不動明王からの伝言で制多迦が自由に本性に戻れるようにしてやるって」
 セイの喜びようから今すぐにでも本性に戻りそうだったので吉綱は先に釘をさした。
「必要最低限の時だけ戻れ。放り出すぞ」
「はいはい。分かりましたよ社長さん」
 扉を開ける音と階段を駆け上がる音がした。足音はこの部屋の前で一旦止まると扉を開けて男が飛び込んできた。
「吉綱!!聞いてくれ!!また父さん勝手に会社抜け出したんだ!!あの人は迷惑って物を少し考えて…」
「兄さん…」
 吉綱が控え目に声をかけると吉綱の兄、藤原道孝(みちたか) は初めて周りの人に気がついたようだ。
「セイ君こんにちは。それでこっちは…?」
「兄さん、こっちの人たちは劇団員なんだよ」
「そうなのか」
「今日は休みでしょう?義姉さんのためにも早く帰ってください」
「そうだね。邪魔して悪かった」
 道孝は一言謝ると帰っていった。
 道孝が玄関から出る音がしてから慧光がつめていた息をはきだした。
「さすが吉綱殿のお兄さん。普通の人には見えないようにしてたのに」
「今そんなことしてたのか!?」
「人型以外は普通見えないぞ」
 力が強くて本性でも人型でも同じくらい見える吉綱にセイが言った。
「…そうなんだ。知らなかった…」
「知ってろ…」
 慧光が笑っていると、不意にセイが険しい顔をしてあたりを見回しだした。次の時には慧光、慧喜、吉綱も気がついた。かすかに妖気が漂っている。
「ここまであからさまだと…罠かもな」
 セイが呟いた。
「罠でもいい。待ってたのはこっちも同じだ…」
 護法之書(ごほうのしょ)を盗んだ仇をなす者を追うためにセイに意味がないと言われながら、ありとあらゆる追跡の呪術を試した。この機会を吉綱が逃すはずがなかった。
「それに今は童子が二人来てるだろ?」
 それを聞いて慧光が思い腰を上げた。慧喜がそれに続いて立ち上げる。こうして並んで立って初めて分かることだが、慧光と慧喜は身長まで同じだった。
「どうやって見つけるんだよ。妖気だけで追えるか?」
 セイが眉を寄せると慧喜が肩を叩いてセイの隣を指差した。吉綱が内縛印(ないばくいん)下縛印(げばくいん)と次々手を組んでブツブツと真言を唱えていた。
「早ぇ…」






「いらっしゃい」
 思夜(しや) が笑いかけてきた。
「…いらっしゃいじゃない!!護法之書返せ!!」
 吉綱が怒りに任せて言った。
 吉綱、セイ、慧光、慧喜は吉綱の術で、異空間にいた。力を無くした風が吹き、生命の息吹も感じさせない植物たちがただそこにあるだけの空間だった。
「書なら、ほらこの通り」
 思夜は護法之書を取り出して投げた。吉綱が一歩前に出てそれを取ろうとする。しかし伸ばした手が書に触れる前に、そこに仕掛けられていた術に吉綱は捕らわれ、座りこんだ。
「なんだ!?」
「あなたにはしばらくそこで大人しくしていてもらいましょう」
 思夜が口元に笑みを浮かべた。生温かい風が吹いて思夜の式が二人現れる。この前の巨大な赤子と若い男だった。
「この前はどうも」
 どこか楽しげに男が言った。
「いいだろう。吉綱、そのまま大人しくしてろよ」
 セイが光に包まれた。光が散るとそこには借りの姿よりも背の高い制多迦がいた。右手に智剣(ちけん)を握っている。
「手を出すな」
 そう言い置いて慧喜が一歩前に出た。右手にいつの間にか身の丈ほどの三叉戟(さんさげき)が握られている。
「そういうことだ」
 慧光が軽く笑いながら、吉綱の隣に座った。
「慧光は動けるだろう?」
「まぁ…そうだけど…」
 慧光がこちらを向いて笑った。
「制多迦も慧喜も横槍入れられるの嫌いだし、あいつらだけでなんとかなるだろ?」
 慧光があまりにもやる気がないので吉綱は呆れかえった。






「久しぶり。お前と手合わせしてみたいと思ってたんだ」
 制多迦が男と対峙して智剣を握り直した。男の方は腕を組んだまま、制多迦を一瞥した。短い髪が風を受けてなびく。
「制多迦、だっけ?あんまなめない方がいいよ。俺は(りょう)。自分で言うのもなんだけど、思夜様の式の中でも一番強いから」
 稜が素早く左手を払い、短剣を構えた。そしてゆうぜん(ゆうぜん)と構える制多迦に突っ込んできた。それをいとも容易く智剣ではじく。
「式に名前なんかついてたんだな」
 再び突っ込んできた稜を智剣で止めた。
「そうさ。思夜様のお気に入りには必ずついてる」
 右手にも短剣を握って、制多迦の左腕を狙う。一歩下がって避けると今度は制多迦が切りかかった。
矜羯羅(こんがら) とは大分違うんだな。矜羯羅は…」
 袈裟掛けに切りつけた制多迦を跳躍(ちょうやく)して避ける。
「式全部に名前つけてたからな。本当になんであんなに思いついたんだか」
 稜を追って制多迦が跳躍した。






「ぼくの相手はお姉さん?あっちの前に戦った人より弱そうだけど大丈夫?」
 赤ん坊のなりをしながら、大きさだけは成人並という奇妙な式が慧喜に言った。慧喜は青い瞳を細めて静かに言った。
「問題ない。制多迦は私より強いが、お前が対峙したのは借りの姿だろう?本来の力の十分の一も出していない」
 慧喜が三叉戟の切っ先を式に向けた。式は動じた風もなく話続ける。
「そうなんだ。聞いてたより弱かったからおかしいとは思ってたんだ」
「そうか。ところでお前、名は?」
(しょう)だよ。笛の笙と同じ漢字だって」
「では笙…行くぞ」
 慧喜が跳躍して三叉戟をつきだした。笙を取り巻く虫たちが(げき)の速さを弱めて押し返した。
「お姉さんも前の人とおなじで、ぼくに一撃も入れないで終わるの?」
「そうなったら…笑い者だな」
 慧喜が構えを変えて突進した。笙の虫がそれを迎え討つ。しかし慧喜は三叉戟を身体の前で回転させ、虫をすべて吹き飛ばした。
「終わりだ」
 慧喜が笙の胸を貫いた。
「残念でした」
 その時笙の身体から大量の虫が慧喜目がけて飛び出した。









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