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第六話(上)


 (あかつき)が刀を構えて向かってくる。制多迦(せいたか)慧喜(えき)が前に出るようにして武器を構えた。二人が暁を迎え撃とうとしたとき、暁が消えた。
「どこに行った!?」
 制多迦が暁を探してあたりを見回す。軽口に足をつけた音が響いた。振り返ると真後ろに暁が降り立って、刀を振り上げる。その先には―――。
慧光(えこう)!!」
 慧光が片手を挙げて暁の刀を少しでも止めようとした。今の暁の刀には迷いがない。このままでは腕がなくなる程度ではすまない。
 制多迦が慧光の襟首をつかんで引っ張った。暁の刀は空をかすめる。
(あずさ)!!狐火(きつねび)!!」
 梓が暁めがけて狐火を放った。暁は地面を左足で蹴ってそれを避ける。暁が動くごとに地面に鮮血が散ってゆく。なくなった左腕からはとめどなく血が流れ続けている。暁の顔も徐々に血の気がうせて青白くなっているようだ。
「やめろ!!お前が死ぬぞ!!」
「そうなら、お前らも道連れにしてやる」
 暁が乾いた、感情をどこかに置いてきた声で言った。聞いているだけで背筋が寒くなる。
 別に暁を倒したいわけではなく、彼らを止めればいいだけなのだ。その方法として「殺す」というものがあるだけで。
「制多迦!!」
 迷いが影響して、反応が遅れる。暁は残った右手で刀を握り、制多迦めがけてつっこんできていた。慧喜が制多迦を突き飛ばして暁と対峙した。
「迷いがあるなら下がっていろ。邪魔だ」
 三叉戟(さんさげき)で刀を受け止める。お互いの武器がはじきあい、暁も慧光も一歩下がった。
一切諸仏(いっさいしょぶつ)帰命(きみょう)したてまつる。雲上電尊(うんじょうでんそん)よ」
 慧光が龍策印(りゅうさくいん)を結んで唱えると、何もなかったはずの空に黒雲が立ちこめ、途端に雨が降り出した。
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・カン・カク・ソワカ」
 不動根本印を結んで吉綱が唱えた。黒雲から雷が落ち、暁を襲う。暁はいち早く察知して跳躍(ちょうやく)した。雷が地面を焦がす。すぐに雨はやんだ。
「梓」
 梓が暁を追って狐火をふく。暁はさらに下がってから一度体勢を低くして勢いよく走り出した。刀を体にぴったりと添えるようにしてそのまま制多迦めがけ突っ込む。
「くっ…!!」
 制多迦は智剣(ちけん)を構えて暁の刀を防ごうとする。しかし、暁はそのまま止まらず、制多迦の右脇を刀がかすめた。血がじわりと滲み出す。
「セイ!!大丈夫か!?」
 制多迦が傷を押さえる。途端に左手は血に染まり、指の間から真っ赤な血があふれ出してきた。
「大丈夫だ。これぐらい問題ない」
 かけていた布を剥ぎ取り止血のために腰に巻く。肩の古傷があらわになったが、そんなことは気にしていられない。
 少し離れたところにいた暁がかすかに笑った。梓がうなり声を上げて暁に特大の狐火を放った。暁はそれを紙一重で避けて、すぐに梓を足で捕らえた。
「梓!!」
 吉綱が悲痛な叫び声をもらす。
「これは矜羯羅(こんがら)の式神か?」
「だったらどうするんだ!!」
「それなら、こうするだけさ」
 梓の首にぴたりと刀を当てた。梓の白い毛並みが赤く染まる。
「悪いね。恨みはないけど消えてもらうよ」
 暁が刀をいったん引き、狙いを定めてから振り下ろした。
「アズサ―――!!」
 吉綱の叫び声がこだまする。梓の首に刀が当たる直前に梓がいつも変化するときに出る白い煙が舞い上がった。
「何!?」
 梓がいたところには別のものがいた。それは暁の刀と足をすばやくどけ、立ち上がる。黒髪の美しい女性だった。その身を包むのは巫女が儀式の時にまとう衣装。長い髪を中ほどで結んでいる。
「お前は誰だ!!」
 他の三人が同じ疑問に頭を抱えていた。ただ吉綱だけは動揺することもなく、女性を見ている。その場に凛とした声が響き渡る。
白狐(びゃっこ)の梓」
 両手を胸の前であわせ手を広げると、梓が放っていた狐火と同じ性質の炎が繰り出された。暁がそれを跳躍して避けると、降りた場所に待ち構えていたように吉綱が立っていた。
「緩くともよもやゆるさず縛り縄、不動の心あるに限らん!!」
 転法輪印(てんぽうりんいん)から呪縛印(じゅばくいん)五大尊(ごだいそん)印明(いんみょう)を行い吉綱はすばやく唱えた。
「オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ」
 不動金縛りが暁を包んでいく。暁が苦しそうに顔をゆがめた。捕らえた!!と思ったのもつかの間、ゆがめていた顔の口元を引き上げると無理やり刀を振って不動金縛りを解いてしまった。
「甘いな。これぐらい簡単に解けるさ。でも感謝するよ。おかげで頭が冷えてきた。さぁ、次は一人ずつ行くか?別に四人いっぺんでもいいけどな」
 制多迦が前に出ようとしたのを、慧喜が片手で制した。慧喜の代わりに慧光が言葉を発する。
「お前はまずその傷を吉綱に治してもらえ」
 慧光が暁に斬られ、布を巻いた部分を指差した。赤い布は血が固まって赤黒く変色している。
「無理をするとその肩みたいになるぞ」
 制多迦がはっとして肩を押さえた。なんともいえない顔をして制多迦が押し黙る。
 その間に慧光と慧喜が前に出て、暁と対峙する。慧喜が三叉戟を構えた。
遍満(へんまん)する金剛部諸尊(こんごうぶしょそん)に礼したてまつる。暴悪なる大忿怒尊(だいふんどそん)よ。砕破(さいは)したまえ。忿怒(ふんど)したまえ。害障(がいしょう)破摧(はさい)したまえ」
 慧光が剣印(けんいん)を結んだ。左手を真っ直ぐはずしていくと右手からゆっくりと剣が現れた。形の定まらない長剣だった。不動明王の降魔(ごうま)の剣にも似ている。
「あれはなんだ?」
 吉綱が制多迦の布を解きながら聞いた。
「慧光の通力を固めて作った降魔の剣のようなものだ。あいつは唱える真言と印によって武器を作り出す。そういう特殊な攻撃系の術を使う」
「攻撃系だけなのか?」
「そうだ」
 布を取ると制多迦の傷があらわになった。だいぶ深く傷つけられていて、いまだに血も止まっていない。
「…無理して動いたな…?」
「無理したつもりはない」
「これだけ深い傷おって動き回る馬鹿がいるか!!普通は倒れる!!」
 制多迦がため息混じりにそれに答えた。
「鬼神は体のつくりが人間より丈夫だ。これぐらいどうってことない」
「どうせそんなこと言って傷跡が残ったんだろう?その肩も」
 肩を押さえて制多迦はそれきり押し黙ってしまった。






「二人?中途半端だな」
「今回はお前を倒すことが目的だよ。手を抜かずある程度の余裕を持って臨むものだ」
 暁が軽く笑ってから真剣な顔に戻った。
「それでお姫さま、いや、思夜(しや)も殺したのか?」
 殺したという言葉が慧光に重くのしかかった。その反応を待っていたかのように暁が残忍に笑う。
「そうか。そうなんだな」
 暁が動いた。慧喜が三叉戟を構え迎え撃とうとする。さっきの言葉で若干反応が遅れた慧喜に暁が狙いを定めた。
「この馬鹿!!」
 慧喜が慧光を押しのけて暁の刀を受け止める。暁は押し返された反動のままさらに動いた。吉綱と制多迦のほうに向かっていく。
「吉綱!!」
 慧喜の声に振り向いた吉綱は制多迦の治癒を後回しにして、外縛印(げばくいん)を組んだ。
臨兵闘者皆陣列在前(りんぴょうとうしゃかいじんれつざいせん)!!」
 吉綱の霊力が閃光(せんこう)を放ちながら結界を形成し、暁をはじいた。一回転して暁が立ち上がる。
「こんな手には乗ってくれないか…」
「そう。お前の相手はこっちだ」
 慧喜が三叉戟を右手で操りながら暁に向かってきた。右手を上げて暁は刀でそれを止める。
「えーっと…女だから慧喜童子かな?三叉戟がお得意なようだね。女性で近距離戦向きとはめずらしい人だね」
「そんなことはない」
「そうかな?女性のほうが呪術向きな人が多い気がするけど」
「勘違いだ」
 他愛もない会話をしながら二人は何合も打ち合った。互いに一歩も譲らないが、果たして暁は本気を出しているのだろうか?制多迦に傷を負わせたほどの力の持ち主が、制多迦よりも弱い慧喜に互角ということがあるのだろうか?
 三叉戟を暁が刀で防いではじいた後、刀を地面に突き立てて暁が笑った。
「さてと。準備運動もしたし、そろそろ本気で行かせて貰おうかな?」






 制多迦と自分、そして梓を守る結界を築いて、吉綱は深く息を吐いた。黒い髪をなびかせて女性の姿をとった梓が近づいてくる。
「梓、もういいよ」
 吉綱がそっと頭をなでると梓は白狐の姿に戻った。吉綱の足に擦り寄るが、疲れきってその場に倒れる。
「梓!?」
「セイ、心配しなくても力を使いすぎただけだ。人型(じんけい)を取って口を聞くのは力を激しく消耗(しょうもう)するんだよ」
「別にあれが本性とかではないんだな?」
「違うよ。暁に隙を作るためにやったんだろうね。梓、ありがとう。しばらく戻っていてくれるかな?」
 梓は荒く息をついてうなずくと万年筆に戻った。屈んで梓を懐に入れると吉綱は立ち上がり、制多迦のほうを向いた。
「治癒の続きをやろうか。しばらくじっとしてろよ。傷跡残したくなかったら」
 吉綱が印を結んだ。











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