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護法之書
第七話(上)


 六人は更なる異世界に降り立った。
 そこに吹く風はよどみ、息がつまるほどの重さを感じさせる。空は厚い雲に覆われ、太陽も、ましてや月も見ることはできない。地面は空の影響なのか、草が生えず、あるのは石と苔だけだ。
 そんな空間に辟易(へきえき)して、制多迦(せいたか)は人型へとたちかえった。長く伸ばし一つに縛った髪を振って、和服についた(ほこり)を払う。
 その様子を見ていた指徳(しとく)が口を開いた。
「随分縮むもんだな」
「うるせー」
 セイが感情を込めずに言う。
 本性は吉綱(よしつな)や指徳より遥かに背が高いが、人型での身長になると大抵の男性より小さくなる。それをセイは大分気にしていた。
 それまで沈黙を守っていた阿耨達(あのくだつ)が目を細め口元に笑みを浮かべた。
「小さいな。お前本当に制多迦か?」
「お前にだけは言われたくねぇ!!」
 セイが噛みつくような口調をした。
 セイはこれでも成人なので見た目が子供な阿耨達よりは背が高いのだ。
「そんなこと言ってる暇があったら足を動かせよ。足動かさなくても進むんだったら苦労しないんだ」
 吉綱が顔をしかめた。見渡す限り何もないのだから歩いて探さなければならない。気温が高くないのがせめての救いだ。
「あいつらはどこにいるんだ?招き入れたなら出迎えてくれればいいのに」
「吉綱…それは無理だろ…」
 あきらめ加減のセイが呟いた。
「そう言うのなら出て行こうか?」
 言葉が風に乗って彼らの耳に届いた。
「どこだ!」
「そう慌てなくていい。すぐに出て行く」
 空間が歪み、刀を握った(あかつき)が現れた。どうやったのか分からないが左腕の傷は塞がっている。それでも左腕がないということに変わりはない。
「やぁ。増えたりはしていないようだね」
 暁が悠然(ゆうぜん)と刀を構えながら微笑んだ。
「お前だけか?」
「俺だけじゃ不満か?制多迦童子(せいたかどうじ)
「そうだな」
 セイが一気に間合いをつめて、扇で暁を討とうとした。軽々とそれを避けると髪を掻き揚げて暁が笑った。
「本性に戻らないのか?反応が遅すぎるよ。今のままじゃ準備運動にもならない」
「反応が早いのがお好みなら俺が相手になってやろう」
 そう言っておどりかかった指徳を三叉戈(さんさほこ)ごと弾いて暁はまた笑った。
「お前の相手は俺じゃない。ちゃんとお前らの相手も用意してるんだ。…来い」
 暁の合図で長布をまとった七人がこの異世界へと降り立った。
「何者なんだ…?」
「いい質問だね、慧光童子(えこうどうじ)。俺が簡単に選んできた、操られている者達さ。八大童子全員が来ると思ったから七人用意してきたんだけど、仕方ないな。俺はゆっくり観戦することにするよ」
 淡く微笑むと暁は跳躍(ちょうやく)し、岩の上に座りこんだ。
(ゆる)くともよもやゆるさず縛り縄…」
 転法輪印(てんぽうりんいん)を結んで吉綱が唱えだした。暁を囲むように不動金縛(ふどうかなしば)りが形成されていく。
「甘いな」
 暁が刀を一振りして金縛りを叩き斬った。形成途中のそれは力を失いかき消えた。
「無駄だと、言わなかったか?」
 暁が不適切に笑った。
「オン!!」
 (かけ)るようにして経巻が飛んできた。そしてあっという間に暁を縛りあげる。
「これならどうですか?」
 誰もが声の聞こえた方を見た。清浄(しょうじょう)烏倶婆哦(うくばが)がこの異世界へと降り立った。
「いつだかに会った童子だね。回復したんだ」
「烏倶婆哦」
 清浄に呼ばれると待っていましたとばかりに烏倶婆哦が弓矢を構えた。
「じゃあね」
 高い声でそう言うと一気に矢を放った。矢は暁の左胸に向かって飛んでいく。暁は動じた風もなく後ろへ跳んだ。
 そこへ待ち構えていたようにセイが扇を構えて立っていた。セイが扇を袈裟懸(けさが)けに振り下ろした。
「わざわざありがとう。少し高くついたけどね」
 扇をまともにくらったはずの暁は何事もなかったように立っていた。時間差で清浄の捕縛(ほばく)(かなめ)、経巻が地面に落ちる。解放された暁は布一枚で助かっていた。
 セイが舌打ちした。
 暁は清浄と烏倶婆哦が吉綱達に合流したことを確認してから口を開く。
「全員揃ったようだね。これで思う存分闘える」
 暁が凄惨(せいさん)に笑った。
 阿耨達が清浄に詰問(きつもん)する。
「なぜ来た。明王の護衛(ごえい)が誰もいないだろうが」
 清浄が肩をすくめる。
「その明王の御命令ですから。先の戦いで満身創痍(満身創痍)になった貴方達では心配だったのでしょう。それに、そんな満身創痍の人達をいっぺんに直して息も上がっていない不動明王に護衛が必要ですか?」
「違いない」
 清浄の言い分に同意して指徳が快活(かいかつ)な笑い声をたてた。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」
 烏倶婆哦が暁の方を指差した。暁以外の七人が動き出した。
「そうだな」
 彼らのところまで戻ってきたセイが本性にたちかえる。暗赤色(あんせきいろ)の髪を風で遊ばせながら、腰にかかった金剛杵(こんごうしょ)を引き抜く。
「相手は八人だから、一対一でいこう。終わった人は…」
「他を手伝う」
 慧光の言葉を慧喜(えき)がついだ。その言葉を合図にして一斉に動き出す。






「やっぱり俺の相手はお前なんだよな、制多迦童子」
 制多迦が片膝を折って暁と対峙していた。
「退屈させるなよ」
 制多迦が目を細める。そして金剛杵を左腰に収め、それと反対側に手をかけた。
「望みとあれば全力で」
 右から引き抜いたのは金剛杵にどこか似た長い棒、金剛棒(こんごうぼう)だった。
「行くぞ」
 制多迦が踏み込んだ。






「お前が相手?どうぞお手やわらかに」
「こちらこそ。お姉さん。いやお兄さん」
 烏倶婆哦の目の前にいるのは暁が連れてきた中でも小柄な者だった。今のところ長布をまとっているので男とも女ともとれない。でも声からして多分若い女。
「ねぇ、お兄さんはやめてくれないかな?この姿の時はお姉さんがいいなぁ」
「一応男でしょ」
「そ、そうだけど!!」
「まぁいっか。お姉さん、そろそろ初めない?」
 そう言うと右腕を上げて翻した。いち早く危険を察知した烏倶婆哦は跳躍する。右腕から出てきた物は烏倶婆哦が今までいたところを打ってすぐに戻っていく。
「今の何!?」
「知らなくていいよ。教えるつもりもないから」
 烏倶婆哦はさらに離れて金剛杵を出した。それは弓を形成していく。
「そういえばさっきも使ってたね」
 そう言って笑うのを見ながら、烏倶婆哦は矢を放った。
「叩き落とせ」
 右腕から飛び出した物はムチのようにうねって矢を叩き落とした。そしてそのまま長く伸びて、烏倶婆哦に向かってくる。烏倶婆哦は矢を放ってそれを射ち落とす。
「あ〜あ。もうだめになっちゃった」
 右腕を振って腕にからまっていた物を地面に落とす。烏倶婆哦が射ったところから赤い血が流れ出していた。長い身体をくねらせて、それはやがて動かなくなった。
「蛇!?」
 右腕を触っていた相手は烏倶婆哦の言葉に反応して顔を上げた。
「うん。蛇だよ」
 相手は長布を脱ぎ捨てた。






 慧喜は無表情のまま三叉戟(さんさげき)を突き出した。相手はそれを軽々と避けて低い声で笑う。
「挨拶も無しですか。別に知らなくていいですけどね。これから倒す人の名前など」
 邪魔そうに長布をはぎとった。妙齢(みょうれい)で体格のいい男が現れる。
得物(えもの)はどうした」
 慧喜が手になにも持っていない男を見て言った。
「得物など邪魔なだけですよ。この身体があればそれで十分」
 男は拳を振り上げて慧喜に殴りかかろうとした。慧喜は(げき)でそれを受け止める。重い。得物は要らないと言っただけあって力はかなり強い。女の身ではどこまで耐えられるか。
「…指徳向きの相手だな」
 慧喜は三叉戟を回転させて拳を弾き飛ばした。
「これでは倒れてくれませんか…」
「なめるなよ」
 三叉戟を構え直したところへ烏倶婆哦が突っ込んできた。それに対して慧喜が無言で抗議をする。
「悪かったわよ。だからそんなに怒らないで」
 慧喜が何気なく烏倶婆哦の相手を見た。そして驚愕する。
「お前は私が倒したはず…!!なぜ生きているんだ、(しょう)!!」
「笙を倒したんだ。残念だけど私は笙じゃないよ」
 笙にそっくりな少女は笑った。
「よそ見している暇などあるのか!?」
 慧喜にできた隙を見逃さず、男が腹部に拳を叩きこんだ。
「慧喜!!」
 烏倶婆哦の叫び声が響いた。慧喜は()んどりうってからすぐに立ち上げる。
「烏倶婆哦…うるさい。こっちのことは気にするな」
 三叉戟をしっかりと構えて力任せに男を突いた。






「あの人は笙を知っているみたいだね」
 腕に蛇を絡めた少女が慧喜を指差す。少女から目を離さずに烏倶婆哦が答えた。
「そうね。笙に会ったことないけどよっぽど似てるの?慧喜が間違えるくらいだから」
「間違えられると困るから言うけど、私は蛇使いの(きょう)。笙は妹みたいなものよ」
「わざわざ丁寧にありがとう。八大童子(はちだいどうじ)の…」
「烏倶婆哦でしょ?さっきあのお姉さんが言ってたじゃない」
 烏倶婆哦が顔をしかめた。
「なら名乗る必要はないわね」
 弓の形をとった金剛杵に光の矢をつがえる。
「普通の攻撃だと傷一つつけられないからね」
「そんなことわかってるわよ」
 不機嫌そうな声をあげながら、烏倶婆哦が矢を引いている右手を少し動かした。途端に矢が三本に分かれる。
「三本ならどう?」
 烏倶婆哦が矢を放った。三本の矢は頭、足、左胸に向かって飛んでいく。
「増えたって変わらないよ」
 筐の左腕に巻きついている蛇が反応した。そして頭で矢をすべて叩き落とした。
「行け」
 蛇が筐から離れて烏倶婆哦に襲いかかる。一歩後ろに飛んで矢を放つ。蛇の体に矢が深々とつき刺さった。
「蛇いなくなったけどいいの?」
 烏倶婆哦の問いに対して筐は軽く笑った。そして左手を軽く振る。矢がつき刺さった蛇がぴくりと反応し、形を変えていく。
「これなら?」
 形を変えた蛇は人を丸飲みできるほどの大きさの大蛇となり、烏倶婆哦を狙ってその(あぎと)を開けた。






 龍に乗って阿耨達は空高く舞い上がった。敵は龍の腹を狙って妖力の刃を投げている。
「随分ぶしつけな…。普通なんか言ってから攻撃しないか?」
 器用に避けながら阿耨達が聞いたが、相手は何も言わない。
「せめてその長布脱ぐとかしないか?」
 暢気(のんき)にそんな事を聞いても相手は何も答えず、ただ攻撃してくるだけだった。
「面倒だな…」
 阿耨達がため息をついた。そして龍の背を軽く叩く。
「長布()いでやれ」
 龍は首を縦に振ると、阿耨達を乗せたまま降下した。刃を右に左に避けて、長布に爪をかける。敵がさらに刃を放ったが、龍はその尾で敵を吹き飛ばした。その瞬間、長布がびりびりと音を立てて破けた。長布から出てきたのは空虚な目をした青白い男だった。
 阿耨達が額に(しわ)をよせた。
傀儡(くぐつ)か。随分手のこんだ事をする」
 傀儡は感情を表わすことなく立ち上げると片手を突き出した。妖力を集めて阿耨達に向けて放つ。阿耨達を乗せた龍は上昇してそれをやり過ごす。
「傀儡と戦ったことは…ないな」






 一方指徳は三叉戈を構えたまま、お互いいっこうに動こうとしない。長布をかぶった相手は両手に刀を握っている。隙を伺ってはいるが全く隙ができない。時間だけがすぎていく。
 (よど)んだ風が吹き荒れた。相手が動いたのを確認すると指徳も踏み込んだ。武器同士がぶつかる乾いた音が響く。
「…くっ……」
 力が拮抗(きっこう)してお互い一歩も譲らない。
 風が吹いて顔にまでかかっていた長布を押しのける。長い黒髪と額の二本の角があらわになった。つり気味の目で指徳を見ている。唇をわずかに開けたと思うと、澄んだ高い声が言葉を紡ぎだす。
「なかなかやるわね、八童子」
鬼女(きじょ)か?」
 女は顔に笑みを浮かべて首を振る。
「鬼女なんて生半可(なまはんか)な物じゃないわ」
 指徳が三叉戈を繰り出す。女は左の剣でそれをあっさりと弾いた。
「人の醜い心が作り上げた怨鬼(えんき)よ」











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