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護法之書
第七話(中)


「貴方は礼儀正しいのね」
「何を基準にそう言うんですか?」
 清浄が笑顔を浮かべた。戦っているようにはとても見えないが清浄はこれでも相手の動き一つ一つを警戒しながら眺めているのだ。
「だって、誰にでも丁寧な口調で話しているでしょう?それにまだ全然攻撃してこないわ」
「えぇ」
 清浄が濃い茶色の目を細くして相手との距離を測った。
「だから、私から行っていいんでしょう?」
 女はぱっと姿を消すと、いつの間にか清浄の横に立って檜扇(ひおうぎ)を首に叩き落とした。清浄がギリギリで避ける。かすった頬からわずかに血がにじみ出した。手の甲で血を拭う。
「攻撃してこないのね。どうしてかしら?」
「貴女には関係のないことですよ」
 筒に手を突っ込んだまま清浄は動きを止めていた。
「そっちからこないならこっちから行くしかないけど」
 困ったように女が(つぶや)いた。
「このままじゃ全力出さずに終わっちゃうわね」
 檜扇が清浄めがけて振り下ろされる。手を背中の筒に入れたまま清浄は何かを考えているようだ。
 その時誰かが清浄の衣の(えり)を掴んでそのまま引き上げた。
「何をやっているんだ」
 阿耨達が龍に襟をくわえられた清浄に冷たく言った。龍は勢いをつけて清浄を背に載せる。清浄は困ったように笑った。
「何をと言われましても…」
「なぜ何もしないんだ」
 阿耨達が再三(さいさん)尋ねた。
「この場を、惨劇(さんげき)の場にしたいんですか?」
「……」
 清浄の専門は捕縛術(ほばくじゅつ)で、その他は結界(けっかい)しかできない。そんな彼が敵と対峙した時にできる攻撃方法は一つに限られている。
「…とりあえず自分の身ぐらい自分で守れ。結界ぐらい張っていろ」
「そうしますよ」
 清浄が微笑んで、龍の背から飛び降りた。女から少し離れたところに着地する。
「戦う気になったのかしら?」
「いいえ。私からは攻撃しませんよ」
「じゃあ、何をする気なの?」
「何も」
 清浄が緑色の経巻を取り出した。






「あまねき金剛部諸尊(こんごうぶしょぞん)(れい)したてまつる…」

 真言(しんごん)を唱えて剣印(けんいん)を結ぶ。五鈷杵(ごこしょ)が慧光の神通力(じんつうりき)を帯びて降魔(ごうま)の剣の形をとった。敵が長布を翻して、斬りかかってくるのを受け止め、はねかえした。
「大陸の剣かな?」
 敵が持っているのは見たこともない三日月のように反った太刀だった。
「…知らん。狂人が勝手に作った」
「狂人?暁のこと?」
 男は慧光の言葉を鼻で笑った。
「暁じゃない。暁に従ってるとでも思っているのか?」
「違うのか?」
「勘違いも(はなは)だしい。戦いたいからついてきただけだ」
 慧光が笑いだした。
「まったく、まとまりってものがないな」
 男が姿勢を低くした。
「まとまりなど(わずら)わしいだけ」
 太刀を振り回して慧光に斬りかかる。剣でそれを受けようと左手を前に出した。それを見て男が口端(こうたん)を吊り上げた。
「だから弱いのさ」
 言ったと同時に男が身体全体を使って回転をかけた。回転のかかった太刀は慧光の剣に当たるとそのまま慧光の左脇腹に裂傷(れっしょう)を作った。布が切れて赤く染まる。
「さて、八大童子っていうのはどうしたら動かなくなる?」






 万年筆(まんねんひつ)を取り出して吉綱が呟いた。
(あずさ)、仕事だよ」
 万年筆が一瞬にして白狐の形をとった。吉綱の前に立って長布をまとった相手を威嚇(いかく)する。
「あんたは戦わないの?」
「さぁ。わからない」
 相手の問いに答えて吉綱が笑った。
「無責任だなぁ。やろうよ」
 敵は低い体勢から駆け出した。まっすぐこちらに向かってくる敵に梓が狐火(きつねび)を吹き出す。
「うわっ!!危ねぇ!!」
 寸前でそれを避けた敵はうっとうしげに頭にかかっていた長布をどけて、火傷(やけど)をおった左手の甲を()める。その手には鋭い爪が備わっていた。
「…猫?」
「違う!!虎だ!!」
「似たような物だろ」
「全っ然違う!!」
 のんびりした口調で完全に遊んでいる吉綱に、見た目は少年の猫でなく自称虎が怒った。
「そう言ったこと後悔させてやる!!」
 虎が構えたところに、吉綱の背中に清浄がぶつかった。
「なんだ!?」
 清浄が緑色の経巻を持ったまま吉綱の方を見ずに言う。
「遊んでいるなら協力しませんか?」
「協力?」
 吉綱も敵から目を離さずに聞く。
「動物好きの吉綱殿(よしつなどの)なら、あれを殺さずにどうにかしようとしているでしょう?」
 清浄の言っていることが的を射ていて吉綱は黙りこんだ。
 二人が話している間も梓は虎を近づけないように狐火を出して威嚇している。清浄が相手をしていた女の方は二人がどう出るかを静観している。
「吉綱殿、あれを殺さずにどうにかしようとするのは無謀(むぼう)です。私が足止めしますから協力しませんか?」
「…分かった」
 吉綱の返事を聞いてから、清浄は手にしていた経巻の紐を解く。円を描くように広げると鋭く唱えた。
「オン!!」
 青い目がきらめいた。






 互いに傷を負わせることなく、制多迦と暁は何合も武器を交わらせた。息だけが激しい戦いの様子を物語っている。
「そろそろ折れてくれないか?」
「まだ終わらせるわけにはいかないね。終わるのは、お前が倒れた時だけだ!!」
 暁が残っている右腕で刀を振る。制多迦は金剛棒でそれを受けてはねかえす。暁の左脇を狙って金剛棒を振るが、暁は跳躍してそれを避けた。
不毛(ふもう)な戦いに見えるだろうな」
「ならもう少し速度を上げようか」
 制多迦の視界から暁が消える。気配を感じて右を振り向いた。
「遅い」
 脇腹に痛みが走った。鮮血(せんけつ)が飛び散る。制多迦は痛みに喘いだ。
「続きと行こうか、制多迦童子」






 清浄の経巻を中心に吉綱、清浄を包むように結界が成される。虎を遠ざけてから梓も結界に入った。
「どうするんだ?」
「それは任せます。動きは止めますから」
 清浄が帯で作った(つつ)から青い経巻を取り出した。右手で刀印(とういん)を作りながら、左手に持った経巻の紐を口でくわえて解く。そして外でいきり立っている虎に向けて投げた。
「オン」
 経巻がシュルシュルと動いて虎を拘束する。
「なんだ!!なんだこれ!!」
 完全に動きを制限された虎が地面に転がった。
「お、お見事…」
 吉綱が驚きの表情を浮かべて手を叩いた。梓は吉綱の足元に腰を下ろして、転がっている虎を見ている。虎も視線に気がつき梓を(にら)んだ。
「こんなもの、こうしてやる!!」
 虎が力任せに清浄の捕縛術を解いた。
「行け!!梓!!」
 吉綱の言葉に梓が結界から飛び出した。虎が梓を見て構える。梓は一声鳴くと一瞬で巫女(みこ)のような姿をとった。
「お前誰だ!!」
 梓が微笑んだ。
「梓ですよ。子猫さん」
「子猫じゃねぇ!!」
 少年のような虎が爪を広げて梓に襲い掛かる。梓の服が裂けた。合掌(がっしょう)してから梓が手を広げる。
「狐火」
 炎が虎を襲う。宙返(ちゅうがえ)りでそれを避け、また梓に向かっていく。
「私もそろそろ動こうかしら」
 今まで静観していた女が動いた。何気なく結界に手を触れ、結界の力を(ゆが)ませる。結界を張っている清浄の額に汗がにじみ始めた。
 吉綱が咄嗟(とっさ)に地面に手をついた。
「ナウマクサンマンダバサラダンカン!!」
 吉綱の力が地面を伝って女の元に届く。女ははじかれたように結界から手を放し、後ろへ飛んだ。それでも吉綱の力が女を(むしば)んでいく。
「後は頼んだ!!」
 吉綱は清浄に向かってそう言うと、片膝をついて不動根本印(ふどうこんぽんいん)を組みゆっくり真言を唱えだす。
「トヤト・ウコニヤ・モコニヤ…」
 清浄は袖で汗を拭き、女のほうを見た。
「そういうことなので大人しく捕まってくれませんか?」
「誰に言っているのかしら」
「ですよね」
 青い経巻を一つ取り出しため息をついた。紐を解く。
「オン」
 神通力に反応して清浄の瞳が青さを増す。
「何回も同じ技を見せられても」
 女が向かってきた経巻を避けた。そして経巻を破ろうと檜扇で叩く。経巻は檜扇に触れるとまるで生きているかのように檜扇に絡みついた。そしてするすると女を取り巻き、巻きついていく。
「これはなに!?」
捕縛(ほばく)用の青い経巻です」
 女が経巻に捕らえられて動けなくなっている隙に清浄はさらに二つ、赤と黄色の経巻を取り出し、紐を解いた。
「オン!!」
 それらは青い経巻の倍の速度で動くと、女と梓と戦っていた虎に絡み付いて締め上げた。
「ぐっ…」
 虎がうめき声をもらす。梓が白狐の姿に戻った。
「やることはやりましたよ」
 脂汗をにじませながら清浄が苦しそうに言った。
 吉綱は閉じていた目を見開き不動根本印を心印(しんいん)に変えた。
「…レイシャレイシャ・サボサト・サボボヤビヤ・ソコ」
 完成した真言が女と虎を取り巻いて包み込む。それは徐々に光を発しながら二人の体を消滅させた。
 吉綱が深いため息をつく。結界を解いた清浄が微笑を浮かべた。
「殺すのではなく、魂を浄化するとはよく考えたものですね」
「浄化だろうが殺したことに変わりはない」
「違いますよ。浄化すれば地獄に落ちずにすみます」
 吉綱が複雑そうな顔をしていると梓が吉綱の足元に擦り寄ってきて小さく鳴いた。吉綱はしゃがんで梓の頭をなでる。いつものように梓が万年筆の形を取ると吉綱はそれを大事そうにしまいこんだ。






 蛇の顋を避けて烏倶婆哦が矢をつがえた。放たれた矢は蛇の頭に当たるが、 刺さらずに地面に落ちる。
(うろこ)が硬すぎ」
「この鱗はそんな矢じゃ(つらぬ)けないよ。さぁ、どうするの、お姉さん」
 筐が楽しげに言った。
「なら、こうするだけよ!!」
 烏倶婆哦が五本まとめて矢を射る。狙いは蛇を操っている筐。
「だめだめ」
 筐の両手に新たな蛇が出現した。二匹の蛇は筐に矢が当たらないようにすべて弾いた。
「なんで、まだ蛇がいるのよ!!無限に出てくるわけ!?」
「無限じゃないよ。まだたくさんいるけど」
 筐が腕に絡みついている蛇の頭を撫でた。蛇は気持ちよさそうに頭を垂れる。
「言わせてもらえば悪趣味(きわ)まりないわよ。蛇を腕に(から)めてる女の子なんて」
「だって別に人間じゃないもん。それに何を可愛(かわい)がろうと自分の勝手でしょ?」
 大蛇が舌を動かして烏倶婆哦に狙いを定めている。風が吹き、烏倶婆哦の二つに結んだ亜麻色(あまいろ)の髪を動かした。
「そろそろ終わりにしようよ、お兄さん」
「あぁ…そうしよう」
 烏倶婆哦の喉から低い声が発せられた。筐は一瞬目を見開いたが、すぐに薄く笑った。
「咬み殺せ」
 筐の指示を受けた大蛇は一気に間合いをつめて、烏倶婆哦に襲いかかる。
「残念だよ」
 本来の声で烏倶婆哦がため息混じりに呟いた。
 弓を構えると右手を何か長い物を形づくるように動かした。大蛇の牙は烏倶婆哦のすぐ近くまで迫っている。
「本当に残念だ」
 もう一度呟くと、右手にいつも使っている矢より太く、白く輝いている矢が顕現(けんげん)した。それを弓につがえて(げん)を引く。
 今にも烏倶婆哦を丸飲みしてしまいそうな位置にいる蛇を眺めて、烏倶婆哦が矢を放った。矢は大蛇の頭に突き刺さると、そこから蛇を焼きだした。肉が燃える嫌な臭いが辺りに立ち込め、大蛇は間もなく炭の塊と化した。
「大蛇を叩けばいいってものじゃないよ」
 大蛇だった物を乗り越えて筐が駆ける。烏倶婆哦の碧色(みどりいろ)の眼に影がさした。
「悪いが、俺には勝てない」
「やってみなきゃわからないよ!!」
 筐の腕に絡まる蛇が飛び出して烏倶婆哦に噛みつく。弓でそれを叩いて蛇を振り落とすと、無数の矢をつがえた。
「これでも自分が勝つって言える?」
 筐を蛇が取り巻く。蛇による絶対防御が作られた。
「あぁ」
 烏倶婆哦が目を細めた。無数の矢がいっぺんに射られた。ある物は蛇に叩き落とされ、またある物は蛇に突き刺さる。蛇は全滅したが筐は傷だった。
「ほら届かないじゃない!!」
 烏倶婆哦が新たに矢を射た。それが蛇を失った筐の左胸に深々と刺さった。
「……ぁ…」
 筐は短く悲鳴をもらすとその場に倒れた。そして筐の姿はなくなり、筐がいた場所には白い蛇が一匹横たわっていた。
「だから言ったでしょ…?私には勝てないって…」









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