護法之書Top
護法之書
第七話(下)


 暁に傷を負わされた制多迦が肩で息をしている。金剛棒を構えてはいるものの、いつもほどの力はなくなっていた。
「おいおい。息切れてるじゃないか。もう終わりか?」
「……」
「返事ぐらいしろよ。まったく、面白みのない…」
 右手に刀を構えて、暁が制多迦に斬りかかる。制多迦は金剛棒でそれを弾き、大きく振った。暁の脇腹に金剛棒がめり込む。
「ぐっ…ごほっ…」
 暁の口から血が霧となって出てくる。脇腹から鈍い音がした。
 刀の峰で金剛棒を弾くと、刀を持ったまま、右手で脇腹を触った。血は出ていないが(あざ)はできただろう。
「…肋骨が二、三本いったな…」
「お互い様だ」
 制多迦の脇腹の傷は衣を赤黒く染め上げていた。






「大人しく捕まれ!!」
 龍に乗って傀儡と戦っていた阿耨達が言った。龍が追いつめ、それ手で捕まえても傀儡はすぐに逃げてしまうのだ。
「青白い顔して逃げまわるな!!さっさと冥界(めいかい)に行け!!」
 いきりたって、答えない敵に言葉を浴びせかけていた。
「こんなところで使いたくはないがもういい。龍、雷だ」
 龍は阿耨達の言葉に答えるように吼えた。
 龍が尾を振ると大気が動き、雲を作り出す。その雲がこの異世界に雨をもたらした。やがて雨は豪雨に変わり視界を曇らせる。龍がもう一度鳴くと黒雲が雷を生み出した。
「当たれ!!」
 雷が傀儡を付け狙う。傀儡はそれを軽々と避けていく。
 阿耨達が舌打ちした。
「予告なしに豪雨を降らせるなよ」
 そう言いながら龍の背にひらりと飛び乗ったのは慧光だった。慧光が対峙(たいじ)していた男は龍に飛び乗ろうと助走をつけている。
「飛び乗るなら、先に言え」
 男が地を蹴った瞬間に雷が襲いかかった。雷は男の太刀に当たり、男は太刀を手放して落ちていく。
「容赦のない…」
 慧光が発作を起こしたように笑いだした。阿耨達はそんな彼を一瞥しただけで無視した。
 慧光が腹を抱えて笑っているのを見て男が怒鳴った。
「いつまで笑ってんだ!!」
 太刀を拾い上げて男が平然と立っている。
「雷に当たってよく、生きてるね」
 半ば関心するように慧光が言った。
「阿耨達、手加減した?」
「太刀に当てただけだからあんなものだろう。というか、早く降りろ」
 慧光が口をへの字に曲げた。
「そんな面倒な」
「早くしろ」
「降りなくてもいいさ。龍ごと叩き斬るだけだ」
 男が再び跳躍した。今度は龍の尾にしっかりと掴まる。
「慧光、お前の責任だ」
 慧光が大きくため息をついた。そして形の定まらない降魔の剣を構える。
「どうして登ってくるんだか…」
愚問(ぐもん)だな。お前が乗ったからだろ」
 男と慧光が龍の背で剣を交わせた。
 二人の剣を避けていた阿耨達が不機嫌になっていく。
「龍…こいつら振り落とせ」
 阿耨達が龍の角をしっかりと掴むと、勢いよく回転した。何も掴んでいなかった二人はあっさりと振り落とされ、地面に叩きつけられる。
「うっ…」
 慧光が低くうめいた。男も同様で、地面に転がっている。
「あ、阿耨達…何するんだ…」
「ふざけるのもいい加減にしろ。乗れるのは二人までだ。戦うなら地面に足つけてやれ」
 慧光がなんとか立ち上げる。さいわい、高さがそれほどなかったから怪我はしていないようだ。
「…だそうだから、ここでやろうか」
 剣を構えて慧光が笑みを浮かべる。男は太刀に回転をかけながら、踏み込んだ。
「とりあえず、手助けぐらいはしてやる」
 阿耨達が龍の背を二回叩いた。龍が雲の中に飛び込み、大量の雷を生み出す。雷は雲の下にいた者を容赦(ようしゃ)なく狙う。
 傀儡は雷を避けて動き回ったが、雷が多すぎて避けきれず、直撃をくらった。
「終わったな」
 傀儡は燃えながらゆっくりと倒れる。ただの灰と化した身体は雨に打たれて形を失っていった。
「うおっ!!危な…」
 男は太刀に電撃が当たらないようにひたすら避けていた。慧光はその様子を楽しげに見ていたが、雨をかいくぐって男との間合いをつめる。
「終わりにしようか」
「ず、ずるいだろ!!二対一は!!」
「一対一でないといけないって誰も言わなかったろ。それに…ずるくて結構」
 慧光の握る剣の切っ先が男を捉えた。男も雷を避けながら反った太刀を構える。男の太刀が慧光の剣を吹き飛ばした。
「もらったー!!」
 男が慧光の喉めがけて踏み込む。男が太刀を引いた瞬間、雷が太刀に当たった。
「――――!!」
 男の絶叫があたりにこだました。慧光が降魔の剣を五鈷杵に戻し金剛合掌(こんごうがっしょう)を組んだ。
帰命(きみょう)したてまつる………!!」
 慧光の通力がまばゆい光となって男を焼いていく。男は断末魔(だんまつま)の叫び声を上げて消滅した。
 阿耨達の指示で雨は止み、黒雲は消えていった。龍に乗ったまま阿耨達が地上に降りてくる。
「一応手助けしてやったんだから感謝しろ」
 慧光は曖昧(あいまい)に笑っただけだった。






「そろそろ決着つけないか?」
「さっきから何度同じこと言ったと思ってるの?」
 指徳が満面に笑みを浮かべた。
「忘れたな」
 斬りかかってきた二つの刀を三叉戈で止める。
「今度こそ本当に終わらそう」
 指徳の額が縦に裂けた。血管が浮き上がり、亀裂(きれつ)を広げる。亀裂の間から黄緑色をした両の目とは違う黄色の第三の目が現れた。第三の目が怨鬼だと言った女の姿を捉えた。
「三秒で終わる」
「何を言ってるのかしら」
 女が刀をはらって指徳に斬り込もうとする。指徳は刀を三叉戈の端ではねかえすと、勢いのまま女の胴を叩き斬った。女の上半身が遠くに吹っ飛ぶ。下半身もその場に崩れた。
「悪いな」
 指徳が第三の目に触れると、それは跡形もなく消えた。






 慧喜は荒くなった息を整えようと深呼吸した。
「そんなことしている余裕あるのかな?」
 男が膝で慧喜の腹部(ふくぶ)を蹴りあげた。息がつまり、血の味が口に広がる。
「答える余裕もないのか?」
「……」
 問いには答えず、慧喜が口の端をつりあげた。三叉戟の構え方が変わる。今まで両手で持っていたのが右手だけになった。
「それでどうするんだ?形勢(けいせい)を変えられるのか?」
 男が一歩踏み込み、慧喜の左腕を掴んだ。力を込めた時に鈍い音と激痛が走る。慧喜がうめいた。
「さて、左手はもう使えない」
 骨の折れた左手を放して男が笑った。慧喜が右手の戟を回転させて男を見る。その目はまだ希望を失っていなかった。
「それでまだやるって言うのか」
 男が右手も潰そうと踏み出した。回転している戟が肩に突き刺さる。男の肩から鮮血が飛び散った。
「片腕潰したぐらいでいい気になるなよ」
 慧喜が凄惨に笑った。
「俺が負けると思ってるのか、女。お前こそいい気になるな」
 男が体勢を低くして突っ込んできた。戟で肩を突き、勢いを半減させる。
「甘いな」
 そのままの勢いで脇腹に拳を叩き込もうと構える。
「どっちが」
 触れる直前で慧喜が下がった。戟が大きく円を描いて男の足に突き刺さる。
「…ぐぁ…」
 うつ伏せになった男の背を足で押さえつけて首元に戟を当てた。男が両手を上げる。
「降参だ」
 清浄の声と共に経巻が男を縛りあげ、自由を奪った。
「ご苦労様。あとはあいつだけかな」
 慧光が慧喜の肩を叩いた。その手をさっとどけると吉綱が声をかけてきた。
「左腕出して」
 突き出した左腕を見るとその酷さに、吉綱の眉間(みけん)に皺がよる。小さく真言を唱えて傷に触れると痣がなくなった。
「骨は治せないな…」
「利き腕が無事なら上出来だ」
 (ほこ)を片手に指徳が笑う。その横には眉間に皺を寄せっぱなしの阿耨達と烏倶婆哦がいた。
「あれは手助けしなくていいのか?動く気がなさそうだけど」
 どっかりと座りこんでしまっている指徳を見て吉綱が言った。
「あれはいいんだ」
「まぁ、手助けしようものなら舌打ちされるでしょうね」
 彼らの目の前では制多迦と暁が激闘を繰り広げていた。






 制多迦が突き出した金剛棒を暁が刀の(みね)ではじく。互いに交代して息をついた。
「どうした?ずいぶん息が切れてるな」
「お互い様だろ」
 制多迦が踏み込んで袈裟懸けに棒を振り下ろす。一歩下がってそれを避けると棒ごと斬ろうと、刀を振り下ろした。鉄扇(てっせん)も斬って見せた刀だが、さすがに金剛棒は切れない。金属同士にぶつかる高い音が響いた。
「刃こぼれが心配だな、その刀」
「どういたしまして。これがだめになっても勝てていれば痛くも痒くもない」
 暁が突きの形を取る。制多迦の眉間を狙ったそれを金剛棒で止めるとお互いの動きが止まり、お互いの力がせめぎ合う。
「相当不毛な戦いに見えるだろうな。外野からすれば」
「なら別のことをしてみろよ」
 制多迦が空いていた左手で金剛杵を引き抜き、手を伸ばして親指で金剛杵をはさむ。風が()いで制多迦の神通力が膨れ上がる。暁がうれしそうに笑った。神通力が拮抗していた刀をはじく。転びそうになった暁が回転して立ち上がった。
「弱いな」
「無理言うな。専門が違うんだ」
「まぁいい」
 暁が体勢を低くして駆け出した。右手に持つ刀を横に構えて金剛杵を持つ左腕を狙う。右足一本で体重を支えて暁を受け流すと振り向きざまに金剛棒を叩き込んだ。暁の体が沈む。左肩から鈍い音が響いた。
「…くっ…肩まで…」
「左か。はずしたな」
 平然と立ってはいるが制多迦も出血多量で視界がはっきりしていない。暁の姿を捉えてはいるがあまり動きが早いと視覚は使い物にならない。
「いいかげん終わらせたいな」
「ならさっさとくたばれ」
「誰が」
 暁が力を振り絞って刀を突き出す。制多迦も金剛棒でそれに応戦する。金剛棒に刀が突き刺さった。そのままの姿勢で二人が止まる。
「…神仏に(あだ)をなそうとする理由はなんだ」
「それは俺が答えるべきことじゃない」
「なら、なぜそちらに入った」
 暁が薄く笑う。制多迦を見据えてはっきりと言った。
「戦いが好きだからさ。金鏡(きんきょう)様のあとについていけば必ず戦いが待っている」
「そうか…」
 制多迦が再び神通力を爆発させた。それを予想していた暁は後退した。
「次でお互い最後だろ?」
「あぁ…」
 暁と制多迦が同時に動いた。
「残念だが、ここで終わりだ」
 暁が血を吐き出してその場に倒れる。その後ろには東雲(しののめ)が暁の血で真っ赤に染まった剣を握っていた。
「し…の……な…ぜ……」
 貫かれた胸を押さえて暁がうめいた。胸から流れ出る鮮血が地面に吸い込まれ、徐々に広がっていく。制多迦が目を見開いてその場で固まった。
「なぜ?簡単じゃないか命令だよ。お前は、もういらないんだ。そうですよね、金鏡様」
 東雲が後ろを振り返った。少し後ろに黒布(こくふ)をまとった人物がいる。金鏡は何も言わずにただうなずいた。それを目の端で捉えて暁の顔が驚愕(きょうがく)に染まる。
 東雲が返り血を手の甲で拭った。舌を出して剣についた血をなめる。
「同属の血はうまくないな」
 東雲がそう言ったところで暁が力尽きた。胸から広がる血が完全に止まる。
「お前は…!!」
「何かな?何を驚いてる。トカゲの尻尾を切っただけだ。こんなものはな」
 東雲が動かない暁を蹴った。暁の肉体は転がって地面に赤黒い模様を描いた。
「不満があるなら来い。遊びに付き合ってる時間はあまりないんだ」











 あ、暁さーん!!
 今回もあとがきが暁づくし。いや、今回はしょうがない。暁は好きですよ、本当に。なのになぜ殺したとかね…。そりゃ敵ですから…。
 この展開が待っていたから心の底から東雲が嫌い。本当に嫌い。さあ盛大に嫌え!!
 今回から終わりに向けて動き出してる感がひしひしと。映像でもなくマジで登場金鏡様。彼の裏がいつ書けるのか…。
 次回作、更なる新キャラが!!キャラ増えすぎ!!その分殺しすぎ!!次は灰汁(あく)の強い人ですね…。もうでないはず!!あれが新キャラでないなら!!(まだ出んの!?)
 暁にもう一度会いたい人は主張してください。そうすれば彼は生き返る!!…はず…。





2007年8月27日




Back Next 護法之書Top
Copyright 2007 Sou Asahina all right reserved.