護法之書
第八話(下) 暮が冷たく笑った。 「ついてこれるかしら?出来ればね、全力でやりたいのよ。でも、全力出し切る前にみんな壊れちゃうから」 暮が不気味に口端を吊り上げる。清浄はそれを聞いても何も反応は示さなかった。 「あなたは無口なのかしら?でも何も答えてくれないとこの世界不安定だから、ほら、地面が沈み始めたでしょ?」 暮がそう言うと実際に地面が割れてきた。地割れがまず吉綱たちと彼らを引き離し、次に清浄と烏倶婆哦、慧喜、慧光を引き離す。 「清浄!!」 「これぐらいであわててどうするんですか。よく見てください。何もおきてませんよ」 瞬きをすると地割れはすっかり消えていた。 「どういうことだ…?」 「幻術にかかっていただけです。あの人の言うことをまともに聞くと幻術にかかりますよ」 「そんなに簡単にネタばらされちゃうとつまらないじゃない。ね?遊びましょうよ、童子さん?」 今度は地面がめくれ上がり、二階建ての建物ほどのウサギの形を取った。その巨大なウサギが彼らに向かって跳ねてくる。地面が大きく揺れ、まともに立っていられない。 「なんなのよ、あのウサギは!!」 「相手にするにしても…大きすぎる」 烏倶婆哦と慧喜がそれぞれ言葉を漏らす。 ウサギが奇声を発して大きく飛び跳ねた。烏倶婆哦が派手に転んだ。それを待っていたかのように、ウサギがその巨体で烏倶婆哦にのしかかろうと飛び跳ねた。 「潰れてしまいなさい」 「――――!!」 烏倶婆哦が悲鳴を上げる。慧喜が三叉戟を構えて烏倶婆哦を何とか立たせようと襟をつかんだ。 「オン!!」 清浄の声で幻から現実に引き戻された。清浄の経巻が逃げようとする暮の右腕にしっかりと巻きついていた。巨大なウサギの姿はどこにもない。 「さっきのウサギは…?」 「幻術です。一度ならず二度までもそんな手にひっかかってどうするんですか」 「もしそうなら、何で私は倒れてるのよ」 烏倶婆哦が言ったとおり、現実に引き戻されても尻餅をついた状態だった。 「勝手に倒れたんですよ。幻術に巻き込まれていないので何で倒れたのかは私は知りません」 「でもいい悲鳴が聞けたわ。自分で自分を追い込んでいってくれるから、幻術って好きよ」 右腕が清浄の捕縛術にかかった状態で暮は平然としゃべっている。 「何で…しゃべれるのよ」 常なら体の一部に巻きついた経巻はそのまま体全体を拘束し、敵に悲鳴を上げさせることも、ましてしゃべることさえゆるさないはずだ。それなのに今、暮は普通に何事もないかのように話し、経巻は暮を、暮の体を拘束することを恐れているようですらあった。 「どうしてかしらね」 暮が笑った。 「阿耨達、吉綱連れてさがれ」 「な…!!」 吉綱が制多迦に文句を言おうとすると、制多迦が 「承知した」 「せめて理由を教えろ」 吉綱が制多迦に食い下がる。制多迦は彼の方を見ずに答えた。 「お前が使う術は接近戦に向いていない。残念だが、お前を庇って勝てる相手とは到底思えない」 制多迦は傷跡がある方の肩を押さえた。彼の目に影がさしている。 「龍、来い」 阿耨達の短い命令に龍が素早く反応して、阿耨達の前に降り立った。まず自分で龍の背に座ってから後ろを差し示す。 「乗れ」 吉綱が渋々背に乗ると龍は飛び立った。 「まったく…世話の焼ける」 「いつの間に保護者になったんだ」 指徳が快活に笑った。制多迦が渋い顔になっていく。 「さて、準備は整ったかな?」 今まで傍観していた東雲がこちらに向かって歩き出した。指徳が制多迦に聞く。 「手を貸しても文句は言わないよな」 「あぁ」 指徳が 「一つ、聞いていいか?」 「答えられれば答えてやる」 「なんで今、攻撃してこなかったんだ」 距離をおいて立ち止まってから、東雲が薄く笑った。 「弱いやつらの不意をついて倒しても、面白くないだろう。戦いは楽しむためにあるものだ。もっとも…」 東雲が目を細め、剣に手をかける。 「時間に迫られている場合は別だ」 抜刀して制多迦に襲いかかる。その刀を止めようと金剛棒を横にした。 「さっき、暁に斬られたのはここだったな」 金剛棒をはじいて、血が止まったばかりの脇腹を東雲が正確に刺した。刀が腹から背に貫通し、鮮血が舞う。 「制多迦!!」 指徳の声が響く。滴り落ちたものが地表を赤く染めた。 「なんであんた、平然としてられるのよ!!清浄!!ちゃんとやりなさいよ!!」 清浄は烏倶婆哦に何も言わず、ただ暮を見て術を行使している。その額には汗が浮かび、いつも微笑を浮かべている表情は苦しそうにゆがめられていた。 「無理しないほうがいいわよ、童子さん。他の三人に回るはずの幻術、その体で受けてるんだもの。ねぇ、もういいじゃない。この術解いて、幻術も分散させなさいよ。それとも…あなたからつぶれていくのかしら?」 暮がにっこりと笑って、ゆっくり歩き出す。慧光が警戒を強めて降魔の剣を構え、烏倶婆哦が弓に矢をつがえた。暮が一歩近づくごとに少しずつ弦を引く。近づく、弦を引く。近づく、引く。 暮が烏倶婆哦の放つ気に気づいて表情を消した。 「邪魔」 暮の妖気がいっそう強くなり、烏倶婆哦に襲い掛かろうとした。しかし、妖気は烏倶婆哦まで届く前に消え失せた。 「あら、まだがんばってるの?」 清浄を見て暮が微笑んだ。烏倶婆哦に向けられた妖気も全て引き受けた清浄は今や立っていることさえ不思議だった。目は暮ではなく虚空をさまよい、汗が滝のように流れている。 「もう限界よね?」 暮が清浄の頬に触れようと手を伸ばした。清浄はその手が見えないのか、振り払おうともしない。 「清浄に触るな!!」 烏倶婆哦が矢を放った。暮に一直線に向かっていた矢はしかし、軌道をはずれ地面に突き刺さった。 「無駄な努力はしないほうがいいわよ。矢の方向ぐらい、簡単に変えられるわ」 「く…!!」 「それよりも童子さん、もう意識なんて手放せてしまいなさい。そんなものこの世に本当に必要だとでも?」 暮が清浄の頬に触れた。清浄の目がこれ異常ないほどに見開かれる。腕の力は完全に抜け、呼吸もまともに出来ていない。 「落ちなさい」 暮が言うと清浄は引きつった呼吸をして、糸を切られた操り人形のようにその場に倒れた。暮が清浄から離れた。 「清浄!! 烏倶婆哦が駆け寄って声をかけても身動き一つしない。頬を叩いても目を見開いたまま虚空を見つめている。 「まずは一人」 暮が口端を吊り上げ、不気味に笑った。 「 阿耨達の声のすぐ後に白い雷が空を舞い、東雲と暮に襲いかかった。彼らが軽々とそれを避けると龍が烏倶婆哦の近くまで来て、その背から吉綱が飛び降りた。 「オンスンバニスンバ、ウンバザラウンハッタ」 「…よ、吉綱殿…」 「まだ安静にしてた方がいい。烏倶婆哦、清浄のこと頼めるね?」 烏倶婆哦がうなずいたのを確認して、吉綱が暮のほうを見た。 「まだ増えるのかしら?あんまりあたしが倒しちゃうと後で月卿に文句言われるんだけど」 「大丈夫。一瞬で終わるよ」 暮が動いた。吉綱はまったく動こうとしない。暮が吉綱に幻術をかけようとすると慧喜、慧光が得物を暮に向けた。 「残念だけど、もう終わりだよ」 慧光が降魔の剣を向けて笑った。 「オン!!」 清浄が精一杯の力を振り絞って経巻を放った。いつもとは違う金色の経巻だ。経巻は臆することなく暮に巻きつくとすごい力で縛り上げる。暮がうめき声を上げるが、経巻はそれでも止まることなく縛り上げていく。腕や脇腹から鈍い音がした。 「ナウマクサンマンダ、バサラダン、センダマカロシャダ、ソハタヤウンタラタカンマン!!」 「大丈夫か清浄」 慧光が声をかけると清浄が薄く目を開けて、笑った。そして目を閉じるとそのまま意識を失った。 「残る敵は鬼と親玉だけか…」 慧喜がつぶやいた。折れていないほうの手で三叉戟をつかむと東雲のほうを見る。 「暮も倒したのか。すごいすごい」 東雲が手を叩いた。仲間を労わる気持ちなどその中にはなかった。 「余所見をするな」 指徳が三叉戈を叩き込む。東雲は刀で軽くそれを受け止めるとはじいた。指徳は 「さぁ、次はどうでる?」 東雲の言葉に挑発された慧喜が素早く動いた。戟が振り下ろされるも、東雲はそれをかわして、別の方向から来た指徳の 「甘いな。甘すぎる」 東雲が慧喜の折れた方の腕を峰で叩いた。慧喜が小さくうめき声を上げる。東雲が慧喜を攻撃している隙に、慧光が剣で東雲を一突きにしようとした。 「仲間を大事にする気持ちは買うが…」 慧光の剣を止めて、慧光を突き飛ばす。慧光は硬い岩に背を打ちつけて悲鳴を上げた。 「こんなに弱くちゃどうしようもないだろう?」 指徳の戈をかわして、刀を突き出した。その時。 「興が冷めた」 黒布をまとった金鏡が動いた。 動いた!!金鏡様がついに動いた!!とか言ってる場合じゃないですね。 この小説、回を増すごとにキャラがボロボロに、敵キャラの残虐性は強くなっていきますね。大丈夫。残虐性の一番上はきっと金鏡様に違いない。一体何が大丈夫なのか分からないが大丈夫。 それにしても今回は清浄をほめたい。よくがんばった。最初、味方見殺しにするのかと(作者が)思ったけど、お前は本当はいい奴だった。腹黒いけど実はいい奴だよお前は。 新キャラにしてこの回でさくっと死んだ暮ですね。暮も言っていましたが、「く」の部分にアクセントを置くのはこだわりです。それ以外ゆるしません。それにしても烏倶婆哦を上回るオカマキャラが出ると誰が思っただろうか。作者も考えていなかった。書いてるうちにこんなことに…。 次回はですね、ちょっと過去を振り返る第九話です。あの制多迦の方の傷が出来たわけを語ろうかと。まぁ、 |