犀雅国Top
犀雅国陸軍軍事記録
第15話 殺戮の行方


 踊り狂っていた食人族がいっせいに上田上等兵達の方に槍を持って走ってきた。
「マジで!?どうするよ!?」
「迎え撃つしかないだろう」
 二等兵は剣を抜き、一等兵のうち一人は剣を、残り二人は銃を出して構えた。上田上等兵も銃を出そうと懐に手を入れたがそこに剣はなかった。
「なにしてるんですか上等兵!!早く銃を!」
「…ない…」
「は!?」
「確か、中尉に貸したまま返してもらってない…」
「素手で得物を持った人と戦うのは無理でしょう!?」
「ないもんはしょうがない」
 そう言ったところで一等兵二人が発砲した。食人族に当たり二人が倒れた。剣を持った二人も食人族と戦い二人を倒した。上等兵は素手で敵に向かった。槍を右に避け、食人族の右側に回ってわき腹に手刀を叩き込んだ。食人族がうめいたとき、さらに首に手刀を叩き込んで意識を失わせた。
「よっしゃ。槍もらい」
 上田上等兵はさらにもう一人と対峙した。食人族と上等兵が同時に槍を突き出した。槍と槍がぶつかり二人とも身動きが取れなくなった。すると食人族が槍から片手を離し腰から短剣を取り出して居合いの要領で切りつけた。上等兵の軍服が裂けて血がにじみ出てきた。食人族はさらに上等兵の腹部を短剣で刺し、上田上等兵が口から血を吹き出した。他の食人族をすべて倒して上等兵のほうを見た四人はあわてて唯一立っているの食人族を撃ち殺した。
 四人が上等兵のほうに向かって走っている間に上等兵の体はゆっくりと血の海に沈んでいった。






 朝比奈大佐が白衣の悪魔から解放されて第三部隊執務室に帰ってきた。
「お帰りなさい大佐。これ今日分です」
 今日分という書類は大佐のデスクの上に高さ20cmぐらいで山を三つ作っていた。
 大佐は大きくため息をついて椅子に座った。そして書類の上から一枚取って目を通し印を押した。
「そういえば大佐。まもなく南に送ったうちの20人が総司令部に着くそうですよ」
「そういうことは先に言え!!」
 大佐と中尉は駆け足で玄関に向かった。
 大佐は中尉より先を走っていたが階段にさしかかった時、背後に中尉以外の気配を感じ振り返ろうとした。しかし、振り返る前にその人に押されて階段から転がり落ちていく。
「何やってるんですか三浦軍医」
「面白そうだったから」
 軍医はにっこりと笑った。
 転がり落ちている大佐は不意に階段に手を着き、体を浮かせて捻りを加えながらバク宙のようにして階段の下まで飛んだ。
「す、すごい…」
「あら?いつもは素直にころがって受身を取るぐらいなのにおかしいわね」
 いつもやってるんですか!?とは口が裂けても言えなかった。
 大佐は着地した位置で振り返りもせずにただ立っていた。そんな大佐の様子を不思議に思い中尉と軍医は急いで階段を下った。
「大佐?朝比奈大佐?どうしたんですか?いつもは文句を言うのに」
 中尉が大佐の顔を見て言った。大佐の眼鏡にはヒビが入ってしまっていた。
「この程度では文句は言わない」
「大佐じゃありませんね?」
 軍医が真剣に聞いた。中尉は軍医の言葉に驚き大佐の顔をまた見た。大佐は薄く笑った。
「朝比奈大佐、久しぶり」
 今の状況には不似合いな明るい声が響いた。そして階段脇から背の高い青年が現れた。
「立科准将!」
「柳くんも久しぶりだね。ところで朝比奈はどうしたんだ?」
 立科准将が身をかがめて朝比奈大佐の顔を覗き込むようにして見た。しばらく見てから得心がいったのだろう。にっこりと笑って大佐に言った。
「斉刻の孤狼でしたか。それは失礼いたしました」
「立科か。これに用があったのか?」
 斉刻の孤狼はこれと言いながら親指を立てて自分の胸の辺りを突いた。准将は困ったように笑った。
「いえ。べつに用はないのですが…」
「ちょっと待ってください!これは大佐ではなく孤狼なんですか!?」
 大佐だったら中尉に「これ」と言われたところで文句を言うだろうが、斉刻の孤狼は沈黙を保っていた。
「そうだよ柳くん。これ…いや、こちらは大佐ではなく孤狼なんだ」
「ところで何で斉刻の孤狼には丁寧語なんですか?」
「彼が強いからだよ。ところで愛刀も持ってないのに何で出てきてるんですか?」
「階段から落ちたときに頭でも打ったんだろう。その衝撃で入れ替わったらしい」
「目が充血してないのに…」
「それは俺が激昂しているときだろう。常に目が充血していたらそれはもう病気だ」
 何故だろう…斉刻の孤狼なのに見た目が大佐だから大佐に馬鹿にされたように感じる…。
 中尉は無意識に銃に手を伸ばしていた。それに気がついた准将は手をあげて中尉を制した。
「いけないよ。柳くんに銃を与えたのはむやみに撃たせるためではないのだから」
「立科准将…申し訳ありませんでした…」
「分かればいいんだ」
 立科准将が爽やかに笑った。中尉も銃に伸ばした手を戻した。
 取り残されかけていた三浦軍医がようやく口を開いた。
「お取り込み中のところ恐縮ですが、あなた誰?」
 准将を指していた。准将が口を開いたが、言葉を発する前に中尉が割って入った。
「軍医、こちらは立科准将。俗に狙撃部隊と呼ばれている第一部隊の責任者で私の元上司です。准将、こちらは三浦一等軍医正です」
 二人が挨拶をしていたとき、孤狼は一人で先に進んでいた。
「孤狼、一体どこに行くんですか?」
「これの部下が帰ってくるんだろう?これでなくともやることはやる」
 斉刻の孤狼の後を中尉と軍医が追っていった。






「上等兵!上田上等兵!」
 二等兵が叫んだ。しかし上等兵は軍服を血で濡らしたまま全く動かなかった。いち早く上等兵のもとに駆けつけた一等兵が抱き起こしたが、赤みを失いかけた頬は赤黒く染まり、短剣で切られたところからとめどなく鮮血が流れ出てくる。
 他の一等兵と二等兵も駆けつけた。四人が名前を呼んでも上等兵は腕を力なく落とし、目を硬く閉じたままだった。
 二等兵は目に涙をためて上田上等兵に掴みかかった。
「こんなところで死なないで下さい!大佐に文句を言うなら生きて文句を言ってください!」
 上等兵の体を激しく揺さぶった。すると軍服の裂け目から赤黒く染まった物体がころがりだしてきた。
「…なんだこれ…?」
「ゴホッゴホッ」
 上等兵が口から血を吐き出した。腹を押さえて自力で立ち上がる。裂け目からさらに赤黒い何かが出てきた。
「上等兵生きてたんですか!?それよりこれは一体なに!?」
「…二等兵か…。それはさっきのヤギ肉。後で食べようと思って腹に隠してたんだ」
「じゃあなんで血を吹き出したんですか!?」
「血なんか出てたか?」
 上等兵が自分の口の周りを触った。手は血で真っ赤に染まる。
「ああ。あれだな。肉の血が口の中に残ってたんだな」
「じゃあなんで呼んでも返事しないんですか!!」
「これの衝撃で今の今まで気を失ってたんだ」
 上等兵が上着をめくりあげた。その拍子に腹に隠していた肉がすべて転がり出た。上等兵の脇腹には縦3cmほどの深い傷があった。それからはいまだに血がにじみ出ていた。
「最後の一撃でできた傷だ。肉がなかったら本当に死んでたな」
 上等兵が短く笑った。二等兵と一等兵の顔から表情が消えた。
「ん?どうしたんだ?」
「…人が心配してたのに結局肉で助かりましただ!?てめぇふざけんじゃねぇぞ!!」
 おとなしかった二等兵が大声で叫んだ。一等兵たちは何も口にしないものの頭の中では何で短剣に毒塗ってないんだと食人族に文句を言っていた。
「何言ってんだ?これだけ深いと下手したら死ぬぞ」
「それぐらいの傷じゃ死なねぇよてめぇの場合!!ゴキブリ並みの生命力が」
 そう言うと上等兵の傷にとび蹴りを入れ、こけさせた。横から一等兵たちが出てきて蹴りを加える。
「なにすんだ…」
「黙ってろ!!」
 休みなく一等兵たちが蹴りを入れる。
 ジャングルには一等兵が上等兵を蹴る音と上等兵のうめき声だけがこだましていた。











 いいペースでしょ?がんばってますよ。
 上等兵が死んだシーンは次まで伸ばそうかと思ったんですが「上等兵にそんなに時間をかけたくねぇ」という俺の一存で上等兵復活までを入れました。ラストがなんとも犀雅国らしいしめですね。
 次回予告です。
 斉刻の孤狼は大佐に戻れるのか!?犀雅国の平和はどうなる!!そして上田は無事犀雅国に帰れるのか?帰れたとして白衣の悪魔はどう出るのか!!次回待て。
 あとがきの口調は変わりすぎですよね。






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