犀雅国陸軍軍事記録
第17話 破壊の後の… それから一週間がたった。 朝比奈大佐はまだ斉刻の孤狼のままだった。孤狼は大佐より仕事熱心だったがことあるごとに剣を抜いていた。 「大佐がこのまま一生孤狼の状態だと軍部から人が消えます…」 誰もいない第三部隊執務室で残業続きの柳中尉がポツリと言った。 その時ドアを開ける音がして中尉が振り返るとそこには斉刻の孤狼ではなくボロボロドロドロな軍服を身にまとった上田上等兵がいた。 「上等兵、帰ってきたんですか?」 「なんすかその帰ってこなくてよかったのにと言いたげな口調は!!俺、命がけで帰ってきたんすよ!?」 「ジャングルにたどり着いて食人族と戦ったということは海軍に助けられた一等兵三人と二等兵から聞いています。で、何で上等兵は四人とは別行動でそんなにボロボロなんですか?」 「それは…」 上等兵の話を要約するとこういうことらしい。 食人族を倒して、どうやって帰ろうかと相談していたところに丁度海軍の船が通りかかり、なんとか気がついてもらって船に乗り込んだ。しかし最後に上等兵が乗り込み出発するとすぐに他の四人が上等兵を海に突き落とした。海軍は誰も上等兵が海に落ちたことに気づかず船はどんどん遠ざかっていく。上等兵は仕方なく犀雅国まで泳いできた。犀雅国についても金を持っていなかったために総司令部まで歩いてきた。 「…アホですか?」 「今の話聞いてどうやったらその一言にたどりつくんすか!」 「どうやってもこれ以外に言いようがありません」 「……」 上等兵は悲しくなってただ中尉を見ていた。 「上等兵…こっち見ないで下さい」 「見るなといわれても」 「視線が邪魔です」 「俺にどうしろというんですか…」 徐々に中尉が不機嫌になっていき、さすがに危機を感じ出した上等兵が執務室を後にしようとして扉に手をかけたその時誰かがパッと外側から扉を開けた。その拍子にバランスを崩して倒れかかったがなんとか体勢を立て直して上等兵は足元から上に扉を開けた人物を見た。 「あ、大佐」 「誰だ?」 大佐の手には少し血がついた短剣があった。上田が何気なく自分の頬を触ると指に真っ赤な血がついていた。 どうにも上等兵は大佐が不審者だと思い、短剣を出して掲げた時にバランスを崩して頬をそれで切ったらしい。 「大佐、何で短剣持ってるんですか!?中尉がいつも没収してるのに…」 「この人から刃物何本没収しても無駄なのであきらめました…」 「なんで!?」 「上等兵…それ大佐じゃないんですよ…」 中尉の言葉に目を見張り上等兵が孤狼を見た。孤狼はにやりと笑うと自分より背の高い上等兵の襟を掴んだ。 「何すんですか!?大佐…じゃなかった…」 「いろいろ名前は付けられてきたが、今一番よく呼ばれるのは斉刻の孤狼だ。で、そこの女、こいつは誰だ?」 「俺の質問は無視!?」 中尉は深くため息をついて上等兵は無視し、斉刻の孤狼の質問に答えた。 「それは上田上等兵。第三部隊所属の軍人で、ついさっきまで行方不明だった先発部隊の五人のうちの最後の一人です」 「そうか」 孤狼は短剣を握りなおして上等兵の首筋にぴたりと当てた。上等兵の首からじわりと血が滲み出す。 「俺何かしましたか…?」 「無事ならばなぜ早くに連絡を入れない?お前のために無駄な金を使うところだっただろう?軍人ならば上のことも考えて行動しろ。そんなこともできないやつ、軍にはいらない。今ここで腹切るか?」 「腹切るっていったいどこの人!?」 「さっき名乗っただろう?」 果敢にも斉刻の孤狼にツッコミを入れた上等兵の首からさらに血が滲み出した。 「上等兵…とりあえず謝っておきなさい。動脈や神経が切れますよそのままだと」 上等兵はゆっくりと両手を上げた。 「すいませんでした!!なんかよく分からないけどごめんなさい!!」 「まぁいい」 孤狼は上等兵を解放すると胸ポケットからハンカチを取り出して短剣についた血を拭った。そのハンカチはそのままゴミ箱に捨てられた。 「孤狼、コーヒーいりますか?」 「いらない。どうせ俺に妙な薬でも盛ろうとしてるんだろう?お前らが言うところの大佐にはまだ戻るつもりはない」 そういうと斉刻の孤狼はいつも大佐がやるのと同じようにデスクの引き出しから開いていないペットボトルを取り出して一口飲んだ。すると斉刻の孤狼は突然ふらついて自分のデスクの椅子に座った。 「何を…入れた…?」 大佐がまっすぐ前を見て言った。そこには開いた扉によっかかりながらこちらを見ている三浦一等軍医正がいた。 「何ってあなたを大佐に戻すために急いで作った薬です。どうせ一口飲んだところでやめるだろうと思って強力に」 「こんな手にひっかかるとは…」 孤狼は椅子に座ったままゆっくりと崩れ落ちた。 中尉は三浦軍医に向かって親指を立てて見せた。上等兵は軍医の強さに感服しつつ、開いていないペットボトルにどうやって薬を入れたのか不思議に思った。 「軍医…どうやって…」 「う…痛い…」 うめきながら大佐が動いた。 「あ、大佐…ですよね…?」 「他に誰だというんです?」 「で、ですよね」 朝比奈大佐はなんとか立ち上がって歩こうとしたが、何もないところでつまずいて派手にこけた。 「体が…筋肉痛…」 中尉、軍医、上等兵の三人は今になってすごく実感することになった。 斉刻の孤狼の方が上司としての威厳があったなぁと。 「大変なことになった」 相模総統が紙を片手に言った。コーヒーを出しながら、東野秘書官がそれに答える。 「どうしたんです?何か問題でも?」 「ああ。重大な事件が起こってしまった。やつの出番だ」 大総統の真剣な言葉に東野秘書官は深くお辞儀をした。 「ではできるだけ早くここにくるように伝えます」 これから事件がおきそうな展開ですね。犀雅国らしくないかもしれませんがだんだんこの方向になっていく可能性を示唆しておきますよ。でもどこか犀雅らしく。それは軍医がいる限り変わりません。 そしてやっと上等兵が帰ってきました。今帰ってこないといけなかったんで。斉刻の孤狼もやっと大佐に戻ってくれました。これ以上犀雅国にサディストを増やしてなるものかという俺の熱意で。 次回予告です。 大総統が言った事件とは一体なんなのか。そして大総統のもとに呼ばれる人は…やっぱりあの人しかいません。それぞれ己の道をたどり始める第三部隊。さて何が起きたのかは次回のお楽しみ。 |