犀雅国陸軍軍事記録
第18話 西へ 大総統に緊急で呼ばれ、朝比奈大佐は小走りで向かっていた。相模総統が大佐を緊急で呼ぶことなどめったにない。いつも大総統の妙な思いつきで呼ばれるときは手が空いたら来いというようなものなのだ。 大佐が一物の不安を覚えながら大総統のいる部屋の扉をそっとあけた。 「朝比奈大佐か?」 大佐が扉を開け放つ前に中から東野秘書官が開けた。その勢いで大佐はつんのめって前に倒れる。 「大佐…今日は重要な事項を話すんだといっただろう?遊ぶのはやめて早くそこに座れ」 いつもふざけまくっている大総統が!!今日は本当にまじめな話なんですね!! 大佐は驚きを顔に出さないようにしながら大総統が指し示した椅子におとなしく座った。 「大総統、重要な事項とはなんですか?」 その場の雰囲気に緊張して大佐の口調が固くなる。 「実は…私の娘が今日誕生日」 「大総統、今日はおふざけなしでさっさと話を進めてください」 雰囲気にそぐわぬ軽い話をしようとした大総統を秘書官がすばやく止めた。それを不満そうな顔で見て大総統は本格的に話を切り替えた。 「朝比奈大佐、実は折り入って君に相談があるんだ」 「なんでしょう?」 「君を飛ばそうと思う」 「飛ばすというと…左遷ですか?」 「そうだ」 「何故だか聞いても…」 「実は地方の軍司令部の司令官を勤めていた中佐が昨日の夜、暗殺されたという連絡が入った。犯人はまだ捕まっていない。犯人はこの国、もしくは軍部に恨みを抱いているものと考えられる。そしてその軍司令部の司令官の座が今空いてしまっているんだ。行ってくれるね?」 「あ、あの…犯人はまだ捕まっていないんだと言いましたよね?私がその座についたら私が命を狙われるのでは…?」 「ああ。だから君に頼んでいるんだよ。斉刻の孤狼という名をつけられ軍最強と一時的にでも謳われた君に」 扉を開ける音がしていつの間にかいなくなっていた秘書官が入ってきた。その手には細身の剣が二本あった。一つは鞘の黒い軍仕様のもの。もう一つは…。 「ビクトリア…!!」 「この剣を君に返そう。行ってくれると言うのなら」 大総統は大佐の愛剣シス・クラストを受け取ると机の中から紐を一本取り出して簡単に抜けないように剣をぐるぐる巻きにした。 「この剣はできるなら抜かないでくれ」 そういって大佐にシス・クラストを渡した。そしてもう一本の黒い鞘の剣を受け取って言った。 「その剣の代わりにこっちの剣を使ってくれ。これはただの剣ではない。君が使いやすいように長さ、幅、重さをシス・クラストとまったく同じにした『ネロ』だ」 「ネロ…。どっかの暴君と同じ名前ですね。なんというか酔狂な…」 大佐は大総統からネロも受け取り、丁寧に引き抜いた。それは白い鞘に白銀の刃を持つシス・クラストとは全く逆の黒い鞘に黒い鋼を用いた剣だった。 「ビクトリアには劣りますがいい剣ですね」 「ああ。ネロの名の通りにその剣はたくさんの命を奪うことになるだろうからな。そのくらい上等でないと剣がもたなくなる」 「行く場所を聞いてませんでしたね。どこですか?」 「君の故郷。斉刻地方軍事司令部だ。行ってくれるだろう?」 大佐は二本の剣を左腰に佩いてまっすぐ大総統の顔を見た。 「もちろん。故郷を守るためにも」 第三部隊執務室の扉を開けると予想通り柳中尉がソファに座ってくつろいでいた。 「大佐、大総統はなんて…その剣どうしたんです?」 二本の剣を見て中尉の顔が険しくなった。 「これは大総統が返してくれたのとビクトリアを使わない代わりにとくれたものです。大総統の許可が出てますから取り上げないで下さい」 「ならいいですけど。で、大総統は何の用だったんですか?」 「斉刻地方軍事司令部司令官に任命されました。中尉、斉刻地方までついてきてくれませんか?補佐官として」 中尉が悩んであごに手を当てたところに扉を開ける音がして明るい声が響いた。 「朝比奈に先を越されたよ」 入ってきた立科准将は大佐の隣までやってきた。 「柳くん、朝比奈についていかないのなら第一部隊にきなさい。銃の腕をさらに上げよう」 そこへ上田上等兵が入ってきた。 「あ、大佐」 「大佐、上等兵も連れて行くんですか?」 「連れて行こうかと思ったんですけどこのアホ面見てたら考えが変わりました」 「へ?」 「上等兵、斉刻司令部にあなたも連れて行こうかと思ったのですがそのままじゃダメですね。とりあえず下士官。これから一年間士官学校に行って下士官の地位まで上げてきなさい。私の推薦で入れてあげますから」 「え?士官学校?斉刻司令部?」 「上田上等兵だったかな?今朝比奈、頭の要領オーバーで君に話してないこと忘れてるみたいだから後で説明するよ。で、柳くんはどうするんだ?第一部隊に来る?それとも斉刻に行く?」 中尉が大佐と准将の顔を交互に見た。 「私は…一年間第一部隊で銃の腕を磨いてから上等兵が斉刻に行くときに行きます。斉刻へ」 「じゃあ、柳真琴中尉、上田啓介上等兵、一年後斉刻で待ってます」 そんな一見感動的なドラマが起こっている所へあの人がやってきた。 「ずいぶん面白そうな話をしてますね朝比奈大佐」 「み、三浦軍医…」 「いやですわ。いま皆さんを下の名前までちゃんと読んでいたのだから私もそう呼んでいただかないと」 「み、三浦仁美一等軍医正…一体何しに来たんですか…?」 「何しにって、朝比奈大佐が斉刻に行くって言うから私も誘っていただこうと思って」 「う…」 「いやなんですか?」 軍医は注射器を持って大佐に迫っていった。これはもう誘いというより脅迫だ。 「ぐ、軍医の技術はすばらしいものだから、わ、私について田舎の斉刻に行くよりかは総司令部にいて人の、や、役に立ったほうがいいと、思い、ますよ…」 「それもそうですね」 三浦軍医こと白衣の悪魔は手にしていた注射器をしまった。大佐はそれを見て安心した。 「では、大佐はどうせすぐ出発なんでしょうし、大佐がいない間の実験は今日のうちに全部済ませておきましょう」 白衣の悪魔の思わぬ一言に大佐はあんぐりと口をあけた。大佐の襟首を掴むと白衣の悪魔はそそくさとその場を立ち去った。 「哀れ大佐」 上等兵がそう言ったとき、また白衣の悪魔が入ってきて今度は上等兵の襟首をつかんで引きずって行った。 白衣の悪魔の実験室からは斉刻に行くための乗り物の用意ができるまで二人の生け贄の悲鳴が絶えることがなかったという。 お祝いです。なんと総司令部編完結です。長い間ご苦労様でした、俺。 総司令部編が完結なだけで犀雅国自体はまだ終わってませんよ。 最初だけ見ると感動的がお話なのに白衣の悪魔が出てきただけでどうしてここまで話が変わるんでしょうかね。本当に謎。 今回がんばりましたよ。主要な四人のフルネームがやっと書けました。でも、上田はいまいちしっくりこない。まあいいんですがね。 あと黒い剣『ネロ』ね。何でこんな名前かと言いますと他に思い浮かばなかったんですよね…。大佐にもう一本剣をあげようというのは決めていたんですが書き始めたら名前がほしくなったと。因みに黒い鋼と言っていますがこれの原材料は日本刀と同じ和鋼という設定です。形はシス・クラストと同じ直刃の峰というもののない西洋風のものですよ。 次回予告なようなそうでないような次回の話。 総司令部から舞台を斉刻に移していきます。斉刻といえばあの人、師匠の出番なんですよね。一年経った彼らはどうなっているのか。中佐暗殺の容疑者をちゃんと捕まえるのかなど斉刻編は見所がいろいろ。多少まじめに、犀雅国が完結するようにお話を進めたいですね。 |