犀雅国陸軍軍事記録
第2話 白衣の悪魔の実験室 犀雅国陸軍総司令部内にはめったに人が行かない場所があった。総司令部の建物でも孤立して作られたその場所は「手術室」という名前があったが人々はその部屋を「白衣の悪魔の実験室」と呼び恐れていた。「実験室」からは夜な夜な悪魔の笑い声と生贄の悲鳴が聞こえてくる…。 私はコーヒーを飲んでいる間に居眠りをして金縛りにでもあっているのだろうか? 重い瞼をゆっくりと持ち上げてみると目の前には診察用のベッドがあった。執務室にこんなものがあるはずがない。まわりを見渡そうとしても首がまったく動かない。居眠りをしている間に起こった柳中尉が私を椅子に縛り付けてしまったのだろうか? そのとき朝比奈大佐の左側で人が動く気配がした。 「誰だ!」 「お目覚めですか?朝比奈大佐」 その凛とした声には聞き覚えがあった。「白衣の悪魔」三浦一等軍医正だ。三浦軍医は大佐の目の前の椅子に腰をかけた。 「三浦一等軍医正、あなたが私をここに運んだんですか?ここはどこです?」 「ここは『手術室』ですよ」 白衣の悪魔はそれだけ言うと手に持ったコーヒーカップを口に運んだ。黙っていれば美人なのに…。 「私は手術を受けるほどの病気や怪我はしていません。仕事中に居眠りをしていたのなら謝りますから私を解放してください」 三浦軍医はコーヒーカップを近くの机において不敵に笑った。大佐も思わず身構える。 「居眠り?居眠りをしたとお思いなのですか?大佐は居眠りなどしていませんよ。私が大佐の飲み物に睡眠薬を入れておきましたの。そうでもしなくては実験にお付き合いいただけないでしょう?」 ようやく理解した。彼女はコーヒーに意図的に睡眠薬を入れ、中尉に気づかれないように私を実験室に連れてきたのだ。つまり私は今日の…実験台だ。 白衣の悪魔がポケットからカプセルを取り出しグラスに注いであった(多分)水に入れてかき混ぜた。白い粒が見えなくなると彼女はグラスを持って大佐の目と鼻の先に突きつけた。 「飲んでください」ニコッ! 「これは何の薬を入れたんですか…?」 「何でもありませんよ。さあ、飲みなさい」 大佐は飲まされてなるものかと口を閉じた。しかし軍医は大佐のあごを掴むとすごい力で口を開けさせた。 誰かがノックしてドアをわずかに開けた。 「朝比奈大佐いませ…」 「柳中尉!!」 椅子に縛り付けられた大佐とグラスを持って大佐のあごに手をかけている軍医を見つけると中尉はすぐにドアを閉めてしまった。中から大佐の助けを呼ぶ声が聞こえたが中尉が走ってその場から逃げると後ろから今度は悲鳴が耳に届いた。 走って執務室まで行く途中の角で向こうから来た上田上等兵とぶつかった。中尉の石頭で上等兵は額に見事なこぶができた。 「何をそんなに急いでんすか?」 上田上等兵はこぶを触りながら言った。 「大佐が…実験台にされていました」 「は?実験台って白衣の悪魔の?大佐は兵士上がりだから強いでしょ?」 「兵士上がりだけどあの人実践じゃ使えないから参謀みたいなことをしてたら見事に作戦が成功して特進してからここまでのし上がってきたらしいです。だから弱いんです。強くてもあの三浦軍医相手じゃ勝てません。あの二人は二等兵と軍医見習いの頃からの知り合いでその頃から悪魔と生贄の関係なんだそうです。軍医は他に実験台がいないと大佐と拉致していくから今日もそうだと思って行ってみたけどとてもあの二人の間に割り込めません。馬に蹴られてしまいます」 柳中尉は何かを勘違いしているようだ。 その日は夜中まで朝比奈大佐の悲鳴が聞こえてきた…。 |