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犀雅国陸軍軍事記録
第20話 斉刻司令部へようこそ


 白い乗用車が軍敷地内に入ってきて、建物の脇に止まった。運転席からは大佐が、助手席からは中尉が降りてくる。
「ここが斉刻司令部です」
「なんというか…総司令部の小さい版ですね」
 司令部は三階建てで、広さの総司令部よりは狭かった。しかし建物の形、外壁などはすべて総司令部と同じ灰色の建物だった。
「朝比奈大佐!!」
 建物の入り口から大佐と中尉のほうに向かってくる人がいた。否、人達だ。せかせかと歩いている小柄な軍人の後ろに、背の高い軍人がついてきている。
 彼らは二人の目の前まで来ると立ち止まった。帽子をかぶった小さい方が大佐に向かって文句を並べる。
「どこほっつき歩いてたんですか!!訓練終了の報告を執務室にしに行ったら、もぬけの空で、司令部内を探し回ってたんですよ!!」
「それはすみませんでした。少尉、こちらは柳中尉。私の副官です」
 少尉と呼ばれた小さい方が中尉を見て頭を下げた。後ろにいる背の高いほうもそれにならって頭を下げる。
「今日、到着するとご報告にあった柳中尉ですか!斉刻地方軍事司令部で第五部隊を指揮している陸軍少尉の佐伯です!後ろのは私の副官みたいなもので軍曹の市ノ瀬です!」
「はぁ、どうもはじめまして」
 士官の一番下の位である少尉にどうして副官がいるのかと思わないでもなかったが、とりあえず挨拶だけはしておいた。
「そういえば、中央からは柳中尉ともう一人来ると言われていたはずですが…」
「え?」
 大佐が辺りを見回した。そう言われてみれば一人足りない。
「上田はいつの間に消えたんですか?」
「消えてねぇよ!!」
 息を切らして上田伍長が走ってきた。駅からここまで走ってきたらしい。スーツはさらによれよれになっている。
「消えてねぇよ!置いてかれたんだよ!全員乗ったことを確認してから出発してくれ!」
「それはそれは失礼いたしました、上田下等兵」
「大佐、下等兵じゃなくて二等兵ですよ」
「あ、そうでしたっけ?」
「違うから!勝手に階級下げないでください!一年前は上等兵で、今は伍長!ほら、ただの三本線から月もどきが増えてますよ!」
 階級を表す徽章を指差して上田がまくし立てた。月もどきというのは、三日月の形に二本の線が入った陸軍のマークのことだ。
 それを見ていた少尉が鼻で笑う。
「随分うるさいハエがいますよ」
「ハエかよ!!」
「少尉殿、ハエじゃありません」
 今まで黙っていた軍曹が口を開いた。低音が響く。
「ゴキブリです」
「明らかに下がってるから!」
「軍曹、わかってるじゃないですか」
「そこでうなずかないでくださいよ、大佐!」
「たまにはいいことを言うじゃないか、市ノ瀬」
「ありがとうございます、少尉殿」
 柳中尉が隣にいた朝比奈大佐に話しかけた。大佐の顔が総司令部にいたときよりも生き生きとしていたからだ。ここにはあの白衣の悪魔がいないというのも大きいだろうが。
「仲いいんですか?」
「何がです?」
「佐伯少尉と市ノ瀬軍曹は性格的に大佐に近いので」
「それもありますが、駅まで迎えにきたのが彼らで、その時のインパクトがですかね。まあ、こっちで一番話すのは彼らですよ。軍曹はほとんど喋りませんが」
「インパクト?」
「それはそのうちわかりますよ」
 大佐を問い詰めても答えそうになかったので、中尉は話を変えることにした。
「斉刻は大佐の出身地ですよね?」
「それがどうかしましたか?」
「それなら、あの剣の師匠もいるんでしょう?大佐の愛剣の」
 剣という言葉に反応して少尉が話しに加わってきた。少尉は長短二本の剣を腰に帯びた二刀流の使い手だ。
「大佐の愛剣というとあれですか?あの、輝く白銀の長剣!人を斬っても血に染まらないという、呪われた長剣!」
 少尉も剣について語らせると長いタイプだった。
「そういえば大佐、今日は違う剣ですね」
 軍曹も話しに加わる。
 一人置いて行かれかけ気味だった上田、信じられないが伍長も加わる。
「鞘が黒いっすねぇ。前の剣は売って新しくしたんすか?」
「失礼な。ビクトリアはちゃんと家に鍵をかけてしまってあります。これは実用向きな、大総統からもらったネロですよ」
 腰に帯びた黒いネロという剣の柄を軽く叩いた。
「ネロ…どっかのアニメで聞いた名前…」
「というか上田、前にもネロは見てるはずですよ」
「そうでしたっけ?覚えてないなぁ」
 カチャッという不気味で聞きなれた音が聞こえた。大佐の頭のすぐ横から。
「朝比奈大佐、私の質問を無視しないでください」
「そ、そんなつもりは…」
「問答無用」
 中尉が無表情で引き金を引いた。が…。
「ちっ…。弾切れですね」
「本気で撃つ気だったんですか!?」
「どうでもいいから答えてください」
 一度大きくため息をついて、朝比奈大佐が中尉の質問に答えた。
「斉刻地方内にはいるのですが、師匠は道場にはいません。師範なのに、修行と言って山ごもり中です。私もこっちに帰ってきてからまだ会ってません」
「そうですか。ところで大佐」
 こめかみに銃を当てられた。
「弾が入ってないんじゃないんですか?」
 中尉が無言で銃を地面に向け、撃った。地面から煙が上がり、小さな穴が新しく開いた。大佐の表情が引きつる。
「頭に穴を開けられたくなかったら、今すぐ執務室に行って、私がいない間に溜め込んだ仕事、すべて片付けてください。いいですね?」
 大佐が何度も首を縦に振って、建物の中に駆け込んで行った。
 中尉は大佐が執務室へ向かったのを見届けてから、上田伍長に荷物を持たせて建物の中に入っていった。
 残された佐伯少尉と市ノ瀬軍曹は中尉の背中を目で追っていた。やがて少尉が呟く。
「あの柳中尉とやらに勝てるやつはなかなかいないだろう。なぁ、市ノ瀬」
「その通りです、少尉殿」













 初登場です!佐伯少尉と市ノ瀬軍曹です!もちろん例によってモデルが存在するわけですが、例によってあまり原形をとどめておりません。因みに少尉と軍曹は格下の者に対して容赦がありません。
 彼らについてはまだ書いていないことがたくさんあるので次回書けたらと思っています。というか、次回で書かないといつまでも番外編がUPできないんですよね。書けてるのに。





2008年3月4日


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