犀雅国陸軍軍事記録
第21話 少尉の秘密 「え?大佐に護衛がいないのは大佐が護衛をまくからじゃないんですか?」 濃緑色の軍服に着替えた柳中尉の前には佐伯少尉が、相変わらず室内でも帽子をかぶったまま座っている。もちろん少尉の後ろには市ノ瀬軍曹が立っていた。中尉が座るように勧めても、軍曹はそれを拒否して立っているので、中尉はほっておくことに決めた。 「もちろんそれもありますが、大佐ご自身が要らないとおっしゃられまして」 彼らが軍曹の入れた茶を飲んでいる間も、横からはペンを走らせる音がしていた。朝比奈大佐が溜め込んでいた仕事を一気に片付けているのだ。因みに上田伍長は大佐の指示で方々を走り回っているので、ここにはいない。 「あんなのでも一応大佐ですから、拒否してもつけるものでは?」 あんなの呼ばわりされた本人が呼んだ本人に文句を言おうとしたが、冷たい視線とぶつかって書類に目線を戻す。大佐はきっとこの山のような仕事を処理しない限り、今日家に帰ることはゆるされないだろう。 「そう言ったんですが、それならば私に勝ってみろと」 「それで誰も勝てなかったんですか?」 「はい。さすがは総司令部でも指折りの剣術家だけあって…」 少尉の言葉に大佐が鼻高々だ。その様子にムカついた中尉が素早く銃を撃つ。弾は大佐の頬を掠めて、壁にめり込んだ。大佐は大人しく仕事に戻った。 「佐伯少尉も戦ったんですか?」 「はい」 「その時の大佐、目が血走って、えらそうなというか…残忍な言葉遣いになっていたりは…」 少尉は中尉の言葉にきょとんとしている。斉刻に来てから『斉刻の孤狼』は出てきていないらしい。 「シス・クラストを封印しているからですかね…」 中尉は独り言のように呟いた。それから、顔を大佐のほうに向けて質問する。 「大佐、こっちに来てから愛剣が抜けないようにしている紐、ほどきましたか?」 「ビクトリアのですか?いえ、ビクトリアは手入れしなくても錆びたりしないので全然」 「それならいいんです」 「あの剣は錆びないんですか!?」 愛剣家の少尉が話しに加わる。剣の話になると声のトーンまで変わってしまうようだ。 「錆びませんよ。ビクトリアの元の持ち主である私の師匠は十年近く放置していたようですけど、錆びた様子はありませんね」 「ますます興味深いですね。大佐、その剣、私に譲っていただけませんか?」 「ビクトリアはいくらお金を積まれても売りません」 「大佐、いつまで休憩しているつもりですか」 中尉が銃器を大佐に向けた。ただし、いつもの拳銃ではなく巨大なバズーカ砲だ。 「バズーカ砲までこっちに持ってきてたんですか!?」 「ジェノサイドを置いてきたりはしません」 中尉はバズーカ砲にジェノサイドという名前をつけていた。ジェノサイドは「大量殺戮」という意味だ。 大佐は殺戮される前に急いで仕事に戻った。 「たーいさー、言われた資料持って…中尉、バズーカ構えないでください!!」 間の抜けた声を出して執務室に入ってきた上田に中尉はなんとなくバズーカ砲を向けた。上田は資料を持ったまま、手をあげている。 壁にバズーカ砲を立てかけてため息混じりに言った。 「打ちませんよ、室内じゃ。建物が壊れますから」 「外なら撃つんすね…」 「何か言いましたか?」 「いえ、何も」 殺気を感じて上田はすぐにそう返した。 上田は大佐の机の上に資料を置くと(山が崩れて雪崩が起きた)、少尉と軍曹のほうに回る。 「佐伯少尉は室内で帽子取らないんすか?」 「脱ぐわけないだろうが。いつ出動することになるのか分からないんだぞ」 目下のものに対しては口調が激しく代わってしまう少尉だった。 「消防署じゃないんで…」 「とにかく!お前には関係ないだろう!」 「いつも帽子かぶってると…大佐みたいに禿げますよ?」 大人しく仕事をしていた大佐が勢いよく立ち上がった。書類の山がさらに崩れて床を覆っていく。 「失礼な!!禿げてない!」 「大佐…撃たれたいですか…?」 中尉がピタリと銃口を大佐の額に当てた。いつものことだが素早い。 大佐はまた書類の山の中に戻っていった。 「とりあえず室内にいるときは帽子取ったらどうですか?」 上田が帽子を取ってしまおうと少尉のほうに手を伸ばした。上田の腕すれすれのところをナイフが飛ぶ。軍曹が低い声で凄む。 「 「お嬢様って呼ぶなって言ってんだろうが、 佐伯少尉が帽子を軍曹に投げつけた。挙げていたシルバーブロンドの髪が支えを失い、落ちてくる。美しいロングヘアーが波打った。 「何回言わせれば気が済むんだ!!」 「申し訳ございませんでした。以後気をつけます、お嬢…」 少尉が軍曹を睨んだ。帽子を渡しながら軍曹が言いなおす。 「少尉殿」 「え?ロングヘアー?お嬢様?…てことは…女!?」 口調や動きに違和感がなかったから女だとは気づかなかった。驚きのあまり上田伍長はその場で固まった。それに対して中尉がのんびりと「少尉って女性だったんですね」と言っている。 「た、大佐、知ってたんすか!?」 「もちろん」 「なんで言ってくれなかったんすか!!」 「そのほうが面白いからです」 大佐が考えそうなことだなと思ったが、それにしてもなぜ少尉は男装などしているのだろうか? 「佐伯少尉…なんで男装なんかしているんですか?」 中尉が少尉に聞いた。 「男になめられないようにです」 総司令部にいたことのある男二人、大佐と上田が首をかしげた。中尉を筆頭に、秘書官や白衣の悪魔は男になめられたりはしない。なめていると返り討ちにあうからだ。 「それよりもむしろ、佐伯家の娘として女らしく育てようとしたことによる反動です」 軍曹の言葉に二人が納得した。 「で、佐伯家ってなんすか?」 「…上田、知らないにもほどがありますよ。佐伯家は犀雅国でも有数の名家。佐伯家の指示であれば、逆らえない者はいないと言われているほどです」 「へぇー」 「そして、私は佐伯家の指示でお嬢様と一緒に軍に入隊したんです。市ノ瀬家は代々佐伯家の使用人ですから」 「それでお嬢様。納得」 「大佐」 中尉の呼びかけに大佐が振り返る。パンッ。執務室に銃声が響き渡った。 「仕事しろ」 上田、少尉、軍曹は何も見なかったことにして執務室を後にした。 実は少尉、女だったんですよ。しかも名家のお嬢様。働かなくても余裕で暮らしていけるのに軍に入隊した変わり者です。 軍曹は少尉が小さい頃からそばにいるので「静香お嬢様」という呼び方が抜けなくなったんですよね。お嬢様至上主義だそうですから(笑)だから常に少尉の三歩後ろにいるのです。 次は番外編をUPしてから「ミッション・インポッシブル…ではない」をお届けします。 |