犀雅国Top
犀雅国陸軍軍事記録
第24話 VS熊!!


 熊から逃げて逃げて逃げまくった五人はぽっかりと空いた洞窟の中に逃げ込んだ。壁に背をあずけたり、床に倒れ込んだりして、皆上がった息を整えようとしている。
「はぁ…大佐…逃げなくても戦えば、よかったんじゃないっすか?こっちだって武器はあるわけですし」
 大佐はネロという剣、中尉は銃二丁、上田は銃一丁、少尉は二本の剣、軍曹はナイフなど、それぞれ武器は持っていた。
「馬鹿言うな!斉刻の熊と戦ったことないだろうが!!ここの熊はな…熊は……」
「力が強くて頭がいいと有名なんだ!」
 言いよどんだ大佐に代わり、少尉が叫ぶように言った。
「それはどこの熊でも一緒なんじゃないんですか?」
 中尉が冷静に言った。
「斉刻の熊は他のところの熊とは比べ物にならないぐらいなんですよ、柳中尉」
「少尉殿、残念ですが、熊の説明をしている暇はなさそうです」
 軍曹は洞窟の入り口を指差した。そこには先ほどの熊がこちらをうかがって立っている。
「市ノ瀬!!そういうことはもっと早く言え!!」
 少尉が左脇に佩いた長短二本の剣に手をかける。しかし抜刀する前に大佐がそれを止めた。
「少尉、待ってください!作戦を思いつきました!」
「作戦…?」
 少尉が手を止める。四人とも目線は熊から放さずに、耳だけ大佐に注目する。
「一人が熊と向き合って戦っている間に、他の四人は脇を通り抜けて逃げる!おとり作戦です!ということで、上田、後は頼んだ!」
「俺!?」
「伍長以外に誰が熊と戦うんだ!」
「少尉殿にその役は回せません」
 中尉が上田の肩を叩いた。
「熊と戦うの得意でしょ?」
「得意じゃねぇよ!」
 上田のツッコミもむなしく、四人はさっさと逃げの態勢に入った。
「…マジっすか!?」
「こんなときに冗談言ってる暇なんてありません!」
「来た!」
 熊がゆっくりと洞窟の中に入ってきた。四人が脇に避けたのを見て、上田もそれに続こうとするが…。
 パンッ!
「熊と戦うの得意でしょ?」
 畳み掛けるように中尉が言った。銃を握ったまま軽く笑っている。上田は直感した。『熊よりも中尉のほうが危険だ…』と。
「仕方ない…」
 上田が銃を出して熊の足元を撃つ。熊の注意が上田にいったと同時に、四人は洞窟の外へと走り出た。背後で数発の銃声が鳴り響いている。熊は四人を追って来ようとはしない。
「グッジョブ、上田!お前が殉職したことは忘れない!と思う」
「一応まだ死んでません、上田ですから」
「朝比奈大佐、このまま司令部まで帰りますか?」
 久しぶりに軍曹が喋った。
「いや、帰ると文句言われそうなんで遠くから見守りましょう。熊が出てきたら上田を置いて帰りますけど」
 そうして四人は洞窟が見える程度の位置に移動して茂みの中に隠れた。






「で…皆逃げた後、俺はどうすれば…」
 上田の呟きに誰かが答えるはずもなく、時だけが過ぎていく……はずもない。威嚇射撃が止んですぐに、熊は一人だけ残った獲物を捕らえようと上田に襲いかかってきた。
 その時上だの頭にある光景が浮かんでいた。『熊と戦うの得意でしょ?』と言って引き金に指をかけながら笑う中尉だった。
「得意なわけあるかー!!」
 勢いのままに撃った弾丸は熊の腹部に命中したが、熊は怯む様子もない。
 思いっきり舌打ちして、叫んだ。
「大佐のアホー!!」






「なんだって…?」
 今にも剣を抜いて、上田に斬りかかっていきそうな大佐を少尉がなだめる。
「まあまあ。上田伍長のことは帰ってからしめればいいじゃないですか」
「そうですね」
 ちなみに中尉と軍曹の二人は大佐が上田に斬りかかろうが、なかろうが傍観を決め込んでいる。






 熊が右腕を振り下ろす瞬間に、上田は体を左にずらして銃を撃った。しかし、それは頭を狙ったはずだったが、僅かにずれて耳を掠める。
「くそっ…!!」
 再び頭を狙って銃を構えるが、神経の集中している耳を撃たれて痛みを覚えた熊は激昂して、がむしゃらに腕を振った。一歩さがってそれを避け、引き金を引いたが…。
「こんなときに弾切れ!?」
 熊はなおも上田に襲いかかる。
「こんなことになったのは…全部あの四人のせいだ!!」






「………」
 上田の言葉にキレた大佐は無言で黒い愛刀ネロを抜いた。刀身が光を受けて黒く輝いている。
 中尉も銃を抜いて、上田の頭を狙っている。中尉の銃の腕はほぼ百発百中だ。
 総司令部時代から上田を知っている二人に対して、少尉は迅速だった。
「政典、やれ」
「かしこまりました、お嬢様」
 軍曹は左手でどこからか取り出した小型爆弾を投げた。ものすごい爆音とともに、土煙が上がり、ぽっかりと開いていた洞窟の入り口が大破した。洞窟の中にいた者は無事では済むまい。
「お嬢様って呼ぶなって言ってんだろうが、政典!!」
 帽子に一瞬手をかけたが、汚れると思ったのか、少尉は軍曹に掴みかかる程度でとどまった。掴みかかるといっても、身長差が大きいので少尉がぶら下がっているようにも見える。
「申し訳ございません、少尉殿」
「…爆弾が…」
「爆弾出した…」
 軍曹が小型爆弾まで装備しているとは知らなかった大佐と中尉は驚いた表情のまま固まっていた。
「ところで、朝比奈大佐」
 軍曹に突然話しかけられ、大佐が飛び上がる。爆弾を持っていたという衝撃が強かったからか、数歩離れて木の陰に隠れながら、続きをうながした。
「中佐殺しが国外犯ではないかという事を調べるために、侵入した証拠を探してこの山に来たのですよね?」
「そ、そうです」
「もう一年も前のことですから普通に考えて、証拠なんか残ってないのでは?」
「あ……」
 軍曹の一言で、大佐、中尉、少尉は口を開けたまま動きが停止した。
 ガサガサという音がして振り返ると、泥だらけの人物が立っていた。
「そんなこと、来る前に誰か気づけよ!!」
 洞窟から自力で奇跡の生還を果たした上田伍長が力いっぱいつっこんだ。






 斉刻地方軍事司令部に届いた大量の郵便物を数人の軍属が各部署ごとに仕分けしていた。軍属とは軍に勤めているが軍人ではない人々のことだ。軍医なども軍属の括りに入る。
「ん?めずらしく朝比奈大佐に小包が…」
「何!?誰からだ!?」
 いつも郵便物の仕分けという単調な仕事をしている彼らは刺激に飢えていた。
「んー…この送り主は女性だな」
「大佐の恋人かな!?」
「かもな」
 今から数時間後、その大佐宛の小包が執務室に届けられることになる。










 普通の人は普通の熊でも戦おうって思わないんじゃないのかって誰かにつっこんでほしかった。犀雅国だから、熊と戦うっていう行為が普通に受け流されてしまっている気がするのです。
 とうとう出てきましたね。軍曹の爆弾。軍曹は飛び道具なら何でも使うような人です。それと、小型爆弾とか書いてありますが、手榴弾のようなものを思い浮かべてください。そして、軍曹の爆弾にはまだ秘密が…。
 そういえば、犀雅国の背景が変わったんですが、気づいていただけましたか?トップページの背景は犀雅国と犀雅国総統のマークで、各話の背景(これも)は陸軍と陸軍総裁のマークです。いつだか上田が「月もどき」と言ったのはこのマークですよ。両方、犀雅国用に俺が頑張って作ってみた品です。





2008年6月8日


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