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犀雅国陸軍軍事記録
第27話 誘拐と血刀2


「ちゅ、中尉!大変です!今までにないぐらいの緊急事態ですよ!!」
 そう騒ぎながら上田伍長が執務室に駆け込んできた。あまりの騒がしさに、書類の山と戦っていた柳中尉は顔を上げた。
「なんです?もし緊急事態じゃなかったら、その耳に弾丸でピアスの穴作りますよ」
「痛っ!!耳は痛い!!と、とりあえずこの手紙読んでください!」
 上田は執務室への郵便物と思われる手紙を中尉に押し付けた。それを受け取ってまず封筒の表面を見る。宛名は『斉刻地方陸軍軍事司令部司令官の副官及び部下の方々へ』となっている。裏面に差出人の名前はない。
「…上田、読む前に一ついいですか?」
「なんすか?」
「なんで開けてあるんですか…?」
「副官及び部下だから、俺が開けてもいいかと思って」
 中尉が一度額を押さえてから、上田の方を向いた。しっかりと銃を握って。
「いいですか?こういう者は宛名の中でも位の高い人が開けるんですよ。つまり副官である私です。私がいなかった場合のみ上田が開けなさい」
「…以後気をつけます」
 上田が大人しくなったところで中尉は封筒の中身を出して、目を通す。見る見る顔が厳しくなる。
「…これは緊急ですね」
 目の前にいる伍長はブンブンと首を縦に振った。
「上田」
「なんでしょう」
「佐伯少尉と市ノ瀬軍曹をここに連れてきてください。5分以内に」
「…5分は無理です」
 パンッ!気がついた時には上田のすぐ後ろの壁に穴が開いていた。今、中尉が目にも留まらぬ早業で撃ってみせた。上田が今まで目撃した中でも最速だった。
「5分以内に」
「了解!」
 そして上田は脱兎のごとく二人を探しに行くのだった。






 少尉と軍曹が勢いよく執務室に入ってきた。後からよろよろと上田も入ってくる。まるで5分でマラソンを完走したかのような疲れ具合だ。
「柳中尉、緊急事態と聞きましたが」
「あの馬鹿、ではなく朝比奈大佐の行方ですが……捜しても見つからないはずです」
 中尉がさっきの手紙を少尉に渡すと少尉は一瞥もくれずに、それを軍曹に渡した。軍曹は慣れた様子で、手紙の内容を読み上げる。
「斉刻司令部の間抜けな司令官は我々の元にいる。今はまだ無事だが、今後そちらが何か起こすようなら司令官は土に埋まることになる。無理に探そうとはしないことだ。こちらの要求が通れば無事に司令官を解放しよう」
「…どう思いますか、中尉」
 中尉が眉間にしわを寄せて呟いた。
「脅し…脅迫状……偽物ではなさそうですね」
「軍の影響の強い国家で軍部にこんな物を冗談で送りつけませんよね」
「強いんすか?軍部」
「上田ぁ」
 もともと無表情な軍曹以外が呆れ顔になった。
「この犀雅国の大総統は誰ですか?」
「相模…総統です…よ?」
「その秘書は?」
「東野秘書官…」
 中尉が首を振った。上田が不思議そうに首をかしげる。
「大総統秘書官という肩書き以前に、彼女は正式に士官学校を卒業している陸軍大尉です。大総統はボディガードという面を兼任という形で採用したのでしょうが、陸軍総裁の推薦があってのことです。これで軍部の影響がないと言ったら嘘になる」
「はぁ…面倒ですね」
 皆がさらに呆れ顔になった。軍曹ですらも眉が下がっている。
「その軍部にいるのにのんきですね……」
 上田は自分が馬鹿にされていると気がついて、慌てて話題を変えた。
「ところで大佐の件どうすんですか?」
「大総統に連絡を。大佐を斉刻に送り込んだのは大総統です。何かあったら連絡をしなければ」
「速達でも1日かかるか…。それまで俺たちはここで待機?」
「………」
「電話を使え、馬鹿者が」
 少尉の当たり前のつっこみに上田は手を打ってそそくさと退出した。






「相模総統、斉刻司令部から緊急の電話です。取り次ぎますか?」
「いや、東野君悪いが聞いておいてくれ」
「かしこまりました」
 首都にある総統府で相模総統はのんびりと椅子によっかかっていた。窓から見える晴れ渡った空をただ眺めていると、秘書官はすぐに戻ってきた。
「斉刻司令部からですが、朝比奈大佐が誘拐されたらしいということでした」
「へぇー……え?」
「ですから、朝比奈大佐が誘拐され、犯人から脅迫状が届いたそうです」
「…どちらの朝比奈さん?」
「大佐の地位にいる朝比奈という人物は一人しかいませんが?」
「…ちび眼鏡?」
「小さい伊達眼鏡と有名なあの朝比奈大佐以外に誰かいますか?」
「誘拐された?」
「らしいです」
 大総統は開いた口がふさがらない。
「斉刻司令部から指示を仰がれましたが、なんと答えればよいのでしょうか?」
「自己判断で動けと伝えてください」
「かしこまりました」
 秘書官が出て行くと、大総統は椅子から立ち上がり、西の空を見て呟いた。
「朝比奈大佐がねぇ…」











2008年7月1日


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