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犀雅国陸軍軍事記録
第31話 誘拐と血刀6


「中尉中尉ー!」
 上田伍長が執務室に駆け込んだ。しかし中には大佐未処理の書類の山だけが放置してあった。中尉も白衣の悪魔もいない。
「なんだよなー。せっかく情報入ったのによ」
 ぶつぶつ文句を言って上田は中尉を探しに射撃場へ向かった。
 上田が消えてから30秒と経たないうちに、中尉が軍医と帰ってきた。誰もいない執務室を見ると深くため息をつく。
「まだなんにも分からないようですね…」
「何か言いました?」
「いえ、なにも」
 中尉は椅子に座って、未処理書類を片付ける。出来る物はほとんどやった。残っているのは代理ではなく大佐が直接処理しなければいけないような類いの物だ。
「普段真面目にやればこんなに溜まるわけはないんですけど…」
 中尉の怒りがふつふつと沸く。そんな中尉を横目に軍医はのんびり食後のティータイム。
「柳中尉ー」
 佐伯少尉が入ってきた。もちろん市ノ瀬軍曹も一緒だ。
「どうかしましたか?」
 少尉が軍曹の背中をバンッと叩いた。前に行かせたかったらしいが、圧倒的な体格差、身長差ゆえにそんなに簡単に軍曹が動くわけもなく、少尉の行動で何をしたかったかを察した軍曹が勝手に動く。
「市ノ瀬から報告があるそうです」
 その言葉に軍曹が少尉の方をチラッと見た。
「…少尉殿に報告したので少尉殿が言われてもいいのでは…」
「面倒だからお前が言え」
 少尉に対してはため息をつかない軍曹が眉を少し動かしただけで喋り始める。
「第五部隊の兵長からの報告ですが、大佐の第二補佐が中尉を探してうろうろしていたということです。第二補佐ですから上田伍長のことだと思われます」
「なんで探してるんですか」
「どうもここに来た時に中尉が不在だったようで、司令部中を探し回っているようです。何か重要な報告があるようだったと言っていました」
 中尉は深々とため息をついた。
「そんなに長時間不在にするはずがないんですから、ここで待っているという選択肢はなかったんですかね」
「報告でいっぱいいっぱいだったんじゃないですか?」
 呆れた口調で少尉が答える。
「軍曹、探してきてもらえません?」
 中尉がそう言うと少尉の方を伺ってから軍曹が頷いた。
「あら、上田伍長のことならそんな必要はありませんわ」
 一人優雅に紅茶を飲んでいた軍医が突然話しに加わった。
「どうしてですか?」
「だって…」
 軍医がニッコリと笑う。魅力的というより『白衣の悪魔』に似合う微笑みだった。
「もう来ますから」
「うわぁぁぁ!!なんだこれ!!」
 勢いよく上田が執務室に駆け込んできた。いや、転がり込んできた。室内を見回し、涙目で軍医を凝視する。
「なにやったんすか軍医!!ちょっとこれどうにかして!!」
 上田が自分の腕を叩いて掻き毟って騒いでいる。中尉たちからは特にどうもしていないのだが騒ぎ続ける。
「上田、何を騒いでいるんですか?」
「見えないんすか!?虫!!虫!!払っても払っても虫!!なんで叩いても潰れないんすかこの虫!!」
 上田の目には自分の腕に大量の虫がまとわりついている様に見えるらしい。
 中尉も少尉も軍曹も軍医のほうに注目する。軍医はやっとティーカップをテーブルに置いた。
「軍医ぃ」
 涙声で何とかするように軍医に懇願している。
 軍医は笑みを浮かべたまま上田の目の前に立って手を伸ばす。そして指をぱちんと鳴らした。上田が瞬きして自分の腕を見る。不思議そうに首を傾げた。
「消えた」
「三浦軍医、何をしたんですか?」
 少尉が恐る恐る軍医に聞く。
「騒がしい患者用にと催眠術を覚えてみたんですが、試してみようと思っていた朝比奈大佐がいらっしゃらないので上田伍長で試してみたんです」
 軍医が新たな技を見につけた…!!
 軍医のことを多分よく知る二人が心の中で呟いた。
「俺で試さないでくださいよ…」
 上田の言葉にティーカップを口元に運びながら、軍医が微笑んで言う。
「楽しそうでしたので」
「………」
「上田伍長」
 軍曹が上田に声をかける。上田がやっと立ち上がった。
「なんすか」
「中尉に何か報告があるのではなかったんですか?」
「え?あ、あぁ!!」
 上田が手をポンと叩いた。
「そうそう!大佐の目撃情報が入りました!」
「もっと早く言え!」










2009年4月26日


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