犀雅国陸軍軍事記録
第4話 犀雅国陸軍密偵作戦1 「急に呼び出して悪かったね」 「いえ」 (仕事サボれるからいつでも呼び出してください!) 東野秘書官が出したまともな緑茶を飲みながら朝比奈大佐が答えた。ここはいつもの陸軍第三部隊執務室ではなく、大総統の執務室だ。大総統の執務室だけあってある人の溜まり場となっている大佐の執務室と違い高級感に溢れている。 「なぜ突然呼び出されたのか不思議に思っているだろうね?」 (思ってません!どうせくだらないことでも思いついたんだろうという予想です。) 相模大総統は緑茶を一口飲んで一息ついた。大佐は黙って大総統が話し始めるのを待っていた。 「今日は君に仕事だ」 「ハイ?」 予想外の言葉に思わず聞き返した。 「任務だよ」 「は?え?…一体何の…?」 「軍の邪魔をするマフィアを潰すために情報を集めてほしい。君はマフィアの幹部に近づいて相手を信用させてくれ」 「ま、マフィアですか?危ないじゃないですか。私じゃなくもっと腕の立つ者の方がいいのでは…」 「一番軍人らしくない人を選んだんだ。危ないだろうが君に剣を返せば問題ないだろう?東野君持ってきてくれ」 「もうお持ちしました」 秘書官は静々と朝比奈大佐がかつて剣を禁止されたときに取られた愛剣を運んできた。大総統はそれを大佐に渡す前に聞いた。 「剣の腕は落ちてないだろうね?」 「はい。真剣は握らせてもらえていませんが、木剣で毎日鍛錬しています」 「やってくれるか?」 「はい。喜んで」 大佐はまた剣を握らせてもらえるということに目がくらみ、二つ返事で引き受けた。 「二言はないだろうね?」 「もちろんです」 大総統は大佐の言葉ににっこりと笑い、秘書官に大佐に剣を渡すように言った。大佐は剣を受け取るとしみじみと言った。 「あぁ…ビクトリア…」 「ビクトリア?!」 「剣の愛称です。本当は…シス…なんだっけ?剣に書いてありますよ。見ます?」 大総統は大佐から剣を受け取り鞘から抜いた。見事な銀白色の刃に『シス・クラスト』と彫り込んである。それにしてもなぜビクトリアなのか…分からない。 気を取り直し、大総統は剣を鞘に収め大佐に返した。そして座りなおし大佐を見据えた。 「今回の任務では君は武器の商人としてパーティーに参加してもらう。そのパーティーにはマフィアの幹部が来るから。あ、そうそう君の妻役に三浦一等軍医正が行ってくれるそうだ」 「はい。…え、三浦軍医ですか?!なぜ妻役がいるんですか?!」 「君は結婚しているという設定なんだ」 「なぜ軍医?!柳中尉とかじゃだめなんですか?!」 「年齢的に軍医が一番君とつり合うんだよ。それに君が剣を握った状態で倒された唯一の人だからね。いやぁ、あれはすごかったなぁ。あの三浦軍医の…」 「そのことは触れないで下さい。昔の傷が開きます…」 「軍医にはもう許可を得たよ」 「それでは私は遠慮…」 「二言はないだろう?」ニコッ 「…はい…」 このときの相模大総統の笑顔は本当に怖かった。軍医の次に怖いと思った。 その後大佐は哀愁を漂わせながら陸軍第三部隊執務室に帰っていった。すると当たり前のように柳がソファに座ってコーヒーを飲んでいた。 「大総統と何を話されたんですか?」 「…しばらくほっといてください…」 中尉は何事もなかったかのようにまたコーヒーを飲み始めた。 バンッガタガタッという音とともに上田上等兵が駆け込んで(倒れこんで)きた。いつもボロボロな軍服は赤くなっている…。 「あら、どうしたんですか?頬から血が出てますよ」 「何言ってんすか!!さっき何の予告もなく打ってきたのは中尉っすよ!!」 「そんな事もありますね」 「ありますねって…」 その時、大佐の背後に悪寒が!もちろん白衣の悪魔こと三浦一等軍医正だ! 「軍医、どうしたんですか?何かありましたか?」 「いいえ中尉。血のにおいがしましたの」 軍医は1km先の血のにおいをかぎ分ける。 もちろん軍医は頬から血を流している上等兵の襟を掴んで引きずっていった…。上等兵の叫び声が聞こえる…。 「今一番会いたくない人が…デジャブが…」 大佐はしばらく頭を抱えてブツブツ言っていた。 「大佐、仕事しろ」 柳中尉はどこまでも無情です。 |