犀雅国Top
犀雅国陸軍軍事記録
第9話 犀雅国陸軍密偵作戦6


「勝つために大佐に剣を抜かせたのはいいんですけど、この後どうやって止めましょうか…」
 考えてなかったのかよ!!と上等兵は心の中でつっこんだ。口に出したらきっとまた銃を向けられるから心の中で。
 そんなことをしている間に斉刻の孤狼は三人倒していた。一人目は居合いの要領で銃を握っていた右腕を切り落とし、二人目は発砲した隙に左足を深々と切りつけ、三人目は…。
「な、内臓がはみ出…」
「言うな!!口に出すな!見ないようにしてるのに想像してしまうじゃないですか!!」
 柳中尉は上田上等兵を盾にしてそれを見ないようにしていた。
「口ほどにもない」
 斉刻の孤狼は次々と敵を屠っていく。倒れた敵は見るも無残な姿になり、彼自身は返り血で白いシャツが真っ赤になっている。しかしシス・クラストは血に染まることなく白銀に輝いていた。本当に不思議な剣だ。
「…これが『斉刻の孤狼』なんすか…。180度違う…」
「私も見たのは初めてです」
 中尉と上等兵が話をしている最中も、斉刻の孤狼はマフィアをなぎ倒していった。百戦錬磨のマフィアも大佐の変わりようとこの状況の生々しさに怖気づいて近づく者はいなくなった。そんな彼らに斉刻の孤狼は挑発的な言葉を吐いた。
「お前ら本当にマフィアか?こんな腰抜け見たことないぜ。かかって来いよ。来ないならこっちから行くからな」
 斉刻の孤狼は体勢を低くしてマフィアの中に突っ込んで行った。
「いったい誰を狙ってるんすかね」
 話しながら上田上等兵は敵のみぞおちに拳を叩き込む。
「知りませんよ」
 中尉は上等兵の背後から敵を向けて撃った。右腕を撃ち抜かれ、さらにも一発うけたマフィアは柳中尉に向けて最後の一発を撃った。それに気がついた中尉は上等兵を盾にする。弾丸は上等兵の耳の横ギリギリを通って天井を撃ち抜いた。
「うぉっあぶねっ!何してんすか中尉!今の下手したら頭に当たりましたよ!」
「…当たればよかったのに…。じゃなくて、私に当たったら一大事です」
「…一大事って…俺に当たっても変わらないと思うんですけど」
「変わりますよ。中尉が重症で上等兵が無傷だったら笑われますよ。上等兵が」
「俺かよ!」
 斉刻の孤狼がその場を地獄に変えている横で中尉と上等兵は緊張感の欠けた会話をしていたが、白衣の悪魔はただ口元に笑みを浮かべているだけで特に何もしていない。それで無傷なのが『白衣の悪魔』ならではである。
 体勢を低くし、敵の中に突っ込んでいった斉刻の孤狼はマフィアのボスに狙いを定めていた。しかしボスの周りはマフィアの中でも抜きんでたボディーガードになりうる者ばかりでなかなか突破できない。
 一人目は白銀の剣を胸部に突き刺して倒したがその剣を抜いているときに二人目が切りかかってきて大総統が手配したスーツだけを切った。やっとシス・クラストを抜いて二人目を倒したときわずかにできた隙を突いて三人目が近距離から発砲した。弾丸は斉刻の孤狼の左太ももを見事に貫通した。
「くっ……」
 痛みに顔をゆがめた。血が滴り落ちていく。何かが斉刻の孤狼の中で解き放たれ自制が利かなくなり、目が真っ赤に充血しはじめた。
 三人目をにらみつけその右肩に剣を振り下ろした。そして負傷していないほうの足で踏み切るとボスめがけて剣を突き出した。シス・クラストはマフィアのボスの胸部に深々と突き刺さり、正装を鮮血に染めていく。ボスは驚いた表情で斉刻の孤狼を見るとそのまま事切れた。
「あっけないな…。さて、復讐したいと思うやつは出てこい。相手になってやろう」
「えい!」
 その時右腕にかすかな痛みを感じた。何事かと右を向いたらすぐ横にこっちを見上げている三浦軍医がいる。その手には…注射器が!!
「だめですわ。ここまでやれば十分マフィアは崩れますから」
 軍医が持っている注射器は朝比奈大佐の右腕に見事に刺さっていた。
「で、デジャブが…」
 大佐は目の前が真っ白になり気を失った。
 ころがっている大佐を見ながら上田上等兵は言った。
「悪魔の薬は強力だ…」
「上等兵、大佐運んでくださいね」
 柳中尉は銃を向けてにっこりと笑った。
「…はい」
 上等兵が答えると中尉はどこからともなくバズーカ砲を取出した。なぜか顔はガスマスクをかぶっていた。軍医もかぶっている。そして予告なしに撃った。しかし出てきたのは変なガス。
「…これなんすか?」
「催眠ガスです。三浦一等軍医正特製の」
「催み…」
 ガスはとても強力で上田上等兵はあっという間に眠りの世界へ。マフィアの生き残りも皆床にころがっている。
「軍医、馬鹿二人引っ張って行くの手伝ってくれませんか?」
「いいですよ」






 その光景を隠しカメラを通して別室から見ていた人がいた。相模大総統と東野秘書官もしくは大尉だ。
「三浦軍医の手並みは本当に鮮やかですね」
「ええ」
「催眠ガスを作ったのも軍医ですからね」
「ええ」
「柳中尉もすごいですよね。めったに的をはずしませんから。どうです?一日ぐらい中尉と仕事を交換してみませんか?」
「……」
 不意に東野大尉が足を振り上げた。ハイヒールのかかとが大総統の頭を掠めた。大総統の頭が少しはげた気が…。
「なんですかいきなり!!」
「侵入者が来たと思ったのですが違ったようですね」
「……」
 そういえば、柳中尉と東野大尉は仲が悪いとか絶対に言葉を交わさないとかいう噂があったようななかったような…。
「まあいいです。何も聞きませんよ」
「……」
「ところで今回の任務が成功した暁には朝比奈大佐を准将にしようと思っていたのですが…」
 ロビーに続く廊下を映した画面を見た。中尉と軍医に腕をつかまれ引きずられていく大佐の姿があった。
「これではだめですね。准将は見送りで」
 大総統はにっこりと笑った。









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